■NEWS
沖縄NICE映画祭4で空援隊の映像上映のお知らせ
(1月24日(土))
2026年1月9日
スタッフが制作した『サイパン2025 戦没者慰霊祭・遺骨調査』が、沖縄NICE映画祭4 (那覇市)で上映されることになりました。映画祭は1月23日(金)-25日(日)に開催され、様々なジャンルの作品が並んでいます。スタッフの作品は「Eブロック」で上映されます。詳細は以下をご覧ください。多くの皆様のご鑑賞をお待ちしています!
日時
2026年1月24日(土)10時~
※1番最初の上映です。このブロックでは他に2作品上映されます。
場所
桜坂劇場 (那覇市)
公式HP
沖縄NICE映画祭4
東京ドキュメンタリー映画祭2025で上映(12月9日)
2025年12月9日
スタッフが制作した『沖縄 戦没者遺骨収容 2025 -ボランティアの組織的調査-』が、東京ドキュメンタリー映画祭 で上映されました。会場は満席に近く、会員さんらも駆けつけて下さいました。 2回目の上映は、12月15日(月)10時からです。是非劇場に足をお運びください。
短編部門コンペティション「戦争の記憶を継ぐ」 のプログラムにて上映されます。
スタッフが舞台挨拶をしました
報告会開催(12月7日・東京)
2025年12月9日
東京で報告会を開催しました。遺骨収容の常連さん等、気心の知れた方々が多く、遺骨収容の現状や国の事業の問題点等々、ざっくばらんに気ままに語りあいました。
遠方から(静岡、岐阜、関西)もご参加くださいました。
東京都小金井市 市民講座で講演
2025年12月6日
専務理事の倉田宇山が、令和7年度本館主催講座 市民講座に講師として招かれ「戦後80年、戦没者の遺骨収容の実態」というテーマでお話ししました。
フィリピンで父親を亡くされたご遺族や、遺骨収容に参加されたことのある方、また遺骨収容について何も知らない方も含めて、皆さん熱心に耳を傾けてくださいました。ほとんどの国民が知らないことが、この活動が進まない要因のひとつです。今後も遺骨収容について伝えていくことも必要だと改めて感じました。開催にご尽力いただいた皆様に改めまして御礼申し上げます。
講演会開催にご尽力下さったメンバーのお一人
会員の子安一宏さん (日本ウクライナ交流会の代表もされています)
空援隊専務理事の倉田宇山
厚労省の遺骨の収容数と予算のグラフ
予算は大幅に増えているのに、収容数がそれに全く増えていない実態。
かなり減っている年も・・・
皆さんからの質問が核心をつくものばかりで時間いっぱいお話ししました。
報告会開催のお知らせ(12月・東京)
2025年11月22日
活動報告会を東京新宿において開催します。軽食をいただきながら、ざっくばらんにお話しする予定です。
ご参加ご希望の方は12月3日(水)までに ご連絡下さい。事前予約制 です。
尚、同日、新宿の新宿ケイズシネマ で開催される東京ドキュメンタリー映画祭 において、スタッフが作成した沖縄遺骨収容の映像が、14時25分から上映されます(参照 )。報告会後スタッフも参ります。こちらにも是非足をお運びください。
※会場の都合上、事前予約制 です。
ご参加ご希望の方は、12月3日(水)までに ご連絡ください。
日時
2025年12月7日(日)11時30分~13時30分
場所
場所は参加者にお伝えします。 JR「新宿」駅 徒歩約10分の会議室
連絡先
メール: office@kuuentai.jp FAX: 075-321-4607 電 話: 075-321-4661
沖縄調査2025 11月④
2025年11月10日
「掘ってみなければ分からない」 これは、参加者にスタッフがよくお伝えする言葉です。それを改めて今回の調査で感じました。
11月9日(日)
今年8月から調査を開始し、前回と本日までで合計13日間調査してきました。昨日までほとんど遺骨が見つからず、そのことを否定的に考えている方もいらっしゃいましたが、「ここに残されていなくて良かったです」とスタッフはお伝えしてきました。
明日は現場撤収日のため、本日が実質的に活動最終日。調査の終わりは見えてきましたが「今回の調査で一番の“難敵”の通路が残っている」という話をして調査に取りかかりました。
“難敵”というのは、腰より上の高さに土砂が積もっている長さ約8mの通路。奥に向かって土砂が積もり、高さは約3mになります。この通路を調査するため、入り口前や、その周辺に積もっている土砂を初日から掘り、ようやく本日取りかかれることに。
先頭で土砂や石を掘り出しながら確認し、それを20m以上先までバケツリレー。最終尾では、壕内の石や岩で石垣を作りながら土砂置き場を整備します。先頭でひたすら土砂を掘るのは、沖縄に駐留するアメリカ兵や自衛隊員のなかでも特にパワフルな人たち。かなりの重労働で、午前中だけで「ヘロヘロ」と話す人達や、昨日丸一日掘り続け「握力がなくなってきた」という人も。銃弾は多く見つかるものの、それ以外には遺留品や遺骨が見つからないまま終了時間が近づいてきたときー。
大腿骨等、脚の骨が丸々見つかりました。
更に遺骨がないか掘り進めたいと思いましたが、土砂や大きな石が遺骨の上に乗っていて、時間が足りません。明日は撤収日の予定でしたが、作業を続けることになりました。
遺骨収容では終了間際に遺骨が見つかることも少なくありません。「まだ残っている、終わらないで」と言われているようにも感じられます。
ようやく見つかった遺骨
・・・ということを下書きしてHPに掲載予定でしたが、昨日は掲載できず、今日の分と合わせて掲載しようと、いつも通り朝早く現場に向かいました。尚、この日の活動後、下書きの最後に以下の一文を追記する必要が出ました。
「ちなみに、遺骨の下の土砂の間から見えていた水色の袋。それはこの壕にたくさん捨てられていた戦後の肥料袋でした。それを常連の大学生が見て「戦後の遺骨の可能性もある…?」とつぶやいていたそうです。
参加者は今回最多の約60人。写真におさまりきれません。
“懸案”の通路の先頭。 汗の蒸気が見えるほど暑い中での重労働。 「パワー系」の沖縄駐留のアメリカ兵や 自衛隊員らが掘り続けました。
前方で掘った土砂の運搬
今日も20m以上先まで土砂をバケツリレー
列が長く先頭のリーダーの声が後ろまで届かないほど。 最後尾とのやり取りは無線機を使用していました。
最後尾は土砂捨て場の整備
土砂が流れ出ないように石を積んで石垣を造ります。とぎれなく土砂が運ばれるため、あっという間にここが満杯に近づきますが
土砂置き場が更に遠くなることを懸念するスタッフは「午前中に出た土砂は、できればここに置いてほしい」と無茶なお願い。
色々やりくりしながらその通りにしてくださいました。
別のグループは、見完掘の場所を手分けして調査
この通路↑から印鑑が見つかりました。↓
「髙田清」さんの印鑑
出入り口近くを発掘していたグループは この出入口を完全封鎖するため、 大量の土嚢を積んでくださいました↓
壕から少し離れた場所の洞窟で今日も作業
午後の小休憩時に沖縄支部長から「ぜんざい」の差し入れ。
11月とはいえこの日の沖縄は暑かったためパワーチャージに。この時点で見つかった遺骨や遺留品は、掘り出した土砂量と比較してほぼないに等しくこのまま作業が終わると皆さん思っていたかもしれません。
この小休憩の直後、大腿骨等が見つかりました。
最後の最後に遺骨が見つかり本当に「見つかるものですね」「良かった」という声が聞かれました。
11月10日(月)
本日は作業撤収日でしたが、大腿骨を含む脚の骨が露出しているため掘り出すことに。作業は午前中のみ。ゆっくりしていられないため、朝礼は省略し、来た人から壕に入りました。まず、見えている遺骨を掘り出した後、遺骨が乗っていた水色の肥料袋をめくるとー
背骨がそのままの状態できれいに並んでいました。
それを見た現場監督が「(背骨がきれいに並んでいるということは)遺体のままここで遺骨になったということ。遺骨になってからこの壕に放り込まれた可能性はない。」と断言。背骨の真上には戦後の肥料袋、その上に大腿骨があり、脚をくるむようにあった布は、下地がメッシュ生地の服のようです。そしてすぐそばには、別の水色の肥料袋が見えています。遺骨はこれまで見てきた戦没者の遺骨と同じようにも見えましたが、戦没者の遺骨だと断定できない状況です。とはいえ、一方で遺骨のすぐそばから、未発射の小銃の弾頭も見つかっていました。
そこで、爆発物処理立ち合いのために訪れていた警官に通報。その後、糸満警察署の刑事課と鑑識が現場に到着し、壕内で遺骨の写真を撮影。更に遺骨がないか確認したいという警察の要望で、作業に慣れている私たちが発掘し、遺骨や証拠となるような遺留品を収容。その中には小銭もありました。そして、背骨のすぐそばにあった丸みを帯びた水色の肥料袋をめくるとー
頭蓋骨。
糸満警察署が沖縄県警本部に応援を要請し、全部で6人の刑事らが現場を確認。遺骨を収容した警察が、私たちの本部テントで遺骨を確認している間に、遺骨のそばで見つかった小銭をスタッフが磨くと、1970年の1セントでした。これが決定的となったのか、戦後(1970年以降?)の遺骨である可能性が更に高まり、沖縄県警察本部が、全ての遺骨やその周辺の遺留品を持ち帰り、警察が鑑定することになりました。
当初の予定では、昼前に道具掃除を終えテントも畳み終わっている予定でしたが、資材を預けている協力者が到着した昼過ぎまで発掘が続き、急いでテントを撤収、あわただしく今回の調査を終えました。
調査を終えてー
いつもは現場撤収後に、戦没者遺骨収集情報センターに遺骨を預けに行きますが、今回は警察に1体分の遺骨をお渡しし、それ以外の遺骨を戦没者遺骨収集情報センターに預けました。昨日とは全く異なる急展開に、作業を終えた余韻にひたることもないまま、あわただしく壕を後にしました。
報告が最後になりましたが、今回でこの壕をほぼ完掘できました。遺骨が見つかった通路が少し残っていますが、ここは沖縄在住の協力者に引き継ぎました。
遺骨収容に携わってから初めての経験をし、あっという間に1日が過ぎていきました。ようやく落ち着き、今改めて思うことは、最後に遺骨が見つかったのは、8月の調査を含めて大勢の参加者が土砂を掘り、運び、確認したからです。前回と今回合わせて14日間の作業の積み重ねが、1体の遺骨にたどりつきました。遺骨が見つかったことも成果ですが、一方で「この壕にこれ以上遺骨がないこと」、それを参加者全員で確認できたことも大きな成果です。
参加頂いたのべ500人以上のボランティアに感謝申し上げます。私たちの作業は、正直、楽ではありません。しんどいと思います。ほぼ初顔合わせで、経験値がバラバラな参加者を、朝一に班編成し、各班を率いて下さるリーダーたちには毎回色々と無理難題をお願いしています。それを受けて下さり、お願いした以上の成果を出して下さるリーダーの皆さん。また、遺骨収容のイメージとはかけ離れた、土木作業や下働きのような作業に丸一日従事くださる方々、その他全ての参加者に御礼申し上げます。皆さんと一緒にまた作業にさせていただきたいというのが、今一番に思うことです。よろしければ、またご参加下さい。そして、直接活動に参加されなくても、応援して下さる皆様方を含めて、改めて感謝申し上げます。
「掘ってみなければ分からない」
参加者に繰り返し伝えてきた言葉が、改めて自分に突き刺さった今回の調査でした。
時間がないため、到着した人から作業を開始
脚の骨の下にあった農薬の袋をめくると、 きれいに並んだ背骨が。 戦没者ではない可能性が高くなり、警察に通報。
糸満警察が現場確認
応援要請を受けた沖縄県警本部も到着。 遺骨をくるんでいた布の確認。
遺骨のすぐ近くから見つかった1970年製の1セント
沖縄県警本部が遺骨を持ち帰りました。 戦没者か否か、鑑定結果を待ちます。
ぎりぎりまで作業していたため大急ぎでテントの撤収
最終日は道具洗いと伝えていたので参加者は少ないですが “イレギュラー”の事態も常連参加者の皆様によってのりきれました
今回でほぼ完掘
次回は来年2月の予定です。場所は現在検討中です。
2025年11月8日
7体の頭蓋骨が見つかった洞窟で印鑑発見 沖縄調査2025 11月③-2
本年2月に、頭蓋骨を含めて多くの遺骨が次々と見つかり、現在も調査中の洞窟で、本日、急遽調査しました。この洞窟では、現在まで7体の頭蓋骨が見つかっています。それ以外にも多くの遺骨が見つかり、その中には幼児、女性、男性のものと思われる遺骨があります。遺留品は、お釜ややかん、女性のものとみられる装飾品等で、日本軍の武器や武器関連の遺留品は見つかっていません。また、銀製とみられるジーファー(かんざし)や入れ歯等も見つかっていて、亡くなられたのは、民間人で、裕福な方々だったのではないかと推察されます。
更に本日、印鑑が見つかりました。「賀マカト」と彫られています。ご遺族にご遺骨を是非お返ししたいと思いますので、何が手がかりがありましたら空援隊までご連絡いただけますよう、何卒よろしくお願いします。
印鑑「賀マカト」
仏様?
銀製とみられるジーファー(かんざし)
発掘途中の頭蓋骨
遺骨も次々と見つかっています
本調査の洞窟とは別班を組み調査しました
沖縄在住のアメリカ兵らも一緒に作業
2025年11月8日
沖縄調査2025 11月③-1
今日は約40人が参加。大人数作業での調査が始まりました。 多くの土砂が積もっている通路が手つかずで2つ残っており、ここを大勢で調査。それ以外にも、2か所に分かれて作業するというのが、当初の予定でした。ところが、本年2月に調査し、頭蓋骨を含めて多くの遺骨が次々と見つかったため、現在も調査中の近くの洞窟でも、急遽調査をすることに(本日この壕から印鑑が見つかりました。詳細はこちら をご覧ください)。
複数のグループに分かれて調査できるのも大勢のボランティアが集まってくださるからこそ。大量の土砂が積もっている通路では、人によっては、丸1日ひたすら土砂を運ぶだけの作業もありました。その方々から作業後に「明日も参加して良いですか」「是非次回も参加させてください」という声が次々と。また連日参加されている方は「体ばっきばきです」とおっしゃりながら笑顔です。ほとんど初顔合わせの人が集まり、一丸となって一つの目的のために汗まみれ泥まみれになって作業できる現場に居合わせられるありがたさを感じる瞬間でした。明日で完掘できる目途をつけられるように(明日で完掘できるように)、皆さんと共に明日も作業を続けます。
朝礼(明日はこれ以上の人が来てくださる予定です)
壕に入るために渋滞中
大量の土砂が積もっている通路 土砂の掘りだし
バケツリレーで運搬
人数がおおいため、バケツリレーの列は20m以上!
バケツリレーの脇では、深さ1m以上の穴にもぐって発掘
別の場所でも発掘、この場所は終わる目途がつきました
メイン通路でも小グループで作業
土砂がそれほど積もっていないため順調に作業が進むかと思っていましたが
床が水平ではなく、また遺留品が見つかるので時間がかかっています
昨日の投稿で、この岩は動かないと書きましたが
挑もうとされる方々か!?
ボランティア
(自衛隊員と沖縄在住のアメリカ兵や退役軍人ら)
2025年11月7日
沖縄調査2025 11月②
今日も、参加者が多い土日にスムーズに作業できるように、土日に取り掛かる予定の通路前の土砂をひたすら確認。そして、確認した土砂を置くための広い場所が必要なため、急ピッチで作業を進めました。その一方、昨年8月から我々が調査し、現在まで7体の頭蓋骨が見つかっている少し離れ場所にある壕を県の担当者が視察。そこに4社の新聞社が取材 に訪れました。
今日も(空援隊にしては)少人数でしたが、作業が進み、明日の朝一から全員総出で一気に作業を進められそうです。
今日も、掘出し、運搬、確認と手分けをして作業開始
一方、少し離れた壕で県の担当者が視察&新聞社4社が取材
土砂を置く場所を確保するために
壕底(=壕が造られた当時の床)まで掘って確認
今回最高齢の82歳の参加者
スタッフと一緒の作業をこなしていただき オーバーワークだったかもしれません…
壕内から出てきた大小さまざまな石や岩を並べ
その中に確認した土砂を入れます
このように新しく作られた石垣が壕内に随所にあります
昨日と今日作業したおかげで
明日以降に作業する通路の前が立って歩けるようになりました
少しの時間だけでもと、常連参加者が最後の1時間参加くださいました
(明日以降作業する通路の前にある岩 動かないと思いますが、明日以降どうなるかは分かりません)
2025年11月6日
沖縄調査2025 11月①
今年8月に調査した壕の第2回戦没者遺骨収容を開始しました。
調査するのは糸満市にある全長160mの陸軍の構築壕。文化財登録がなく、糸満市史にも載っていません。周辺のごくわずかな住民しか知らない壕を、協力者の洞窟探索チームが今年発見し、今回の調査につながりました。
昨日降っていた雨が上がった本日は10人が参加。今日と明日の任務は、土砂が多く積もった通路を調査するために、その通路入口をふさぐように積もっている土砂を掘り出して、参加者が多い土日にスムーズに作業できるようにすること。今日は空援隊の調査にしては参加者が少な目ですが、常連さんが多く想定より作業が進みました。明日どれだけ掘り進められるかで、今回この壕を掘り終えられるかどうかが見えてきそうです。
調査前に大石宗高知支部長から
新垣元沖縄支部長に、支部長委嘱状の授与
今回も手分けをして作業
まずは土砂を掘り出し
運搬
遺骨や遺留品の確認
理研光學工業株式会社(現リコー)の計算尺「Relay」
戦中のものの可能性も
三角定規の数字が手掘り こちらも戦中のものの可能性も
少数でしたが作業がすすみ、最後は土砂が置けなくなるくらい
この廃土置き場がいっぱいに
今回も沖縄駐留のアメリカ兵も参加されています
全員出身地がばらばら
2025年11月6日
東京ドキュメンタリー映画祭2025で空援隊の映像上映
空援隊スタッフが制作した『沖縄 戦没者遺骨収容 2025 -ボランティアの組織的調査ー』が東京ドキュメンタリー映画祭2025 にて上映されることになりました。
短編部門コンペティション「戦争の記憶を継ぐ」 のプログラムにて作品が上映されます。多くの皆様のご来場をお待ちしています。約2週間の期間中、多彩な作品が上映されます。
(上映日時)
短編部門コンペティション「戦争の記憶を継ぐ」 (4作品上映されます)
・12月7日(日)14時25分
・12月15日(月)10時
(場所) 新宿ケイズシネマ (東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F)
JR新宿駅 東南口 徒歩3分/東口 徒歩5分
(公式HP) 東京ドキュメンタリー映画祭
2025年11月6日
あんき映画祭2025で奨励賞を受賞しました
10月25日と26日に開催されたあんき映画祭映画祭2025 で、空援隊スタッフが制作した『沖縄 戦没者遺骨収容 旧海軍司令部壕』 が奨励賞を受賞しました。
主催者から「多くの方、特に小学校や中学校で是非見てもらいたい」ということばを頂戴しました。
戦後80年以上が経ち、戦争じたいを知らない世代も出てきています。私たちの活動に参加頂くことで、肌身を通して戦争について触れる一助となればと考えています。映像はそのための広報ツールの一つ。より多くの人に見て頂きたいと改めて感じました。
2025年9月20日
沖縄 戦没者遺骨収容のご案内(2025年11月)
11月に沖縄において遺骨調査を実施します。8月に調査した糸満市にある全長160mの壕の調査の続きをします。
ご参加ご希望の方はお早目に お問合せ下さい。
航空券や宿泊先につきましては、ご自身で手配いただくか、空援隊にご連絡ください。早目の予約ですと安く上がることが多いです。ただし、曜日により大きく異なります(ご検討中の方もご一報下さい)。
<沖縄 遺骨調査(2025年11月)>
【期間】2025年11月6日(木)-10日(月)
※最短参加日数は1日(終日)以上
期間中のご都合の良い日にご参加下さい。
※10日(月)は予備日のため、調査が既に終わっている
可能性があります。この日のみの参加はご遠慮ください。
【場所】糸満市 ※詳細は参加者にお知らせします。
※①沖縄県外 の方と②沖縄在住者 とで参加条件等が異なります。
①沖縄県外 から参加の方 ※まずご入会 ください。
【参加条件】
○戦没者への哀悼の意を体現するため、
滞在期間中次の2つのルールを守れる方
・食事を食べ残さないこと
・禁酒
【締め切り】
(空援隊に手配を依頼される方)10月15日(木)
(ご自身で手配される方) 10月25日(土)
②沖縄県在住 の方
【参加条件】
終日、1日以上、参加可能なこと、他。
※その他については、お問い合わせ下さい。
【締め切り】2025年10月25日(土)
◎参加方法◎
空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
メールでお問い合わせいただいた場合、必ず電話番号をご記載下さい。
空援隊からの返信メールが届かない場合があるためです。
(電話)075-321-4661
(e-mail)office@kuuentai.jp
※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信しています。
もし3日経っても連絡がない場合は、電話でお問合わせ下さい。
また、迷惑メールフォルダーにメールが振り分けられている場合が
ありますのでご確認下さい。
2025年9月15日
YouTubeに映像を掲載しました
2025年7月にサイパンで執り行われた戦没者慰霊祭。神道、仏教、キリスト教の宗教家が、国籍関係なく、全ての戦没者を共に追悼し、世界の平和を祈りました。
そして、戦没者の遺骨調査では、昨年見つけた遺骨がなくなっていましたー。
戦没者と向き合い続ける空援隊の2025年サイパンレポートです。
(2025年9月掲載)
空援隊YouTubeチャンネル
『サイパン2025 戦没者慰霊祭・遺骨調査』
VIDEO
※よろしければ再生後、画面下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい
2025年09月01日
沖縄調査2025年8月⑨
全長約160mの壕を調査してきた昨日の最終日。約50人以上が集まりました。
毎回、集合時にいくつかの班に分け、各リーダーが班を率いました。時間や資材を含めて様々な制約があるなか、それらを各リーダーが考慮くださりながら、チークワーク良く作業しているのを見て、自分も頑張ろうと、毎日スタッフが元気をもらっていました。
初参加のアメリカ海兵隊は「日本人リーダーが的確に指示してくれたので、とても作業しやすかった。また参加したい。」と笑顔で帰っていきました。また、洞窟での作業に不安を持っていた参加者は「真剣に作業する一方、雰囲気は和気あいあいとしていて安心できた」と話していました。まさにその雰囲気がしぜんに醸成されるのが、空援隊の調査の特徴かもしれません。年齢や職業、国籍、様々な人たちが集える場をつくるのが空援隊の役割で、あとは参加者が主体となって、一丸となって調査が進む(それは各リーダーのおかげでもあります)。そんな場面を今回も何度も見ました。
9日間の作業で、壕全体の8割を終えられました。確認した大量の土砂と比較すると遺骨はほとんどありませんでした。収容数が少ないことは、成果がないように思うかもしれませんが、「ここに遺骨が残されていなかった」ことを確認できたことも、大きな成果です。それが確認できたのは、のべ380人以上のボランティアのおかげです。
「人の力はすごい」という声を聞きましが、まさにその通りです(実際に作業された方には、この言葉を実感いただけるかもしれません)。
参加下さった全ての皆様に感謝申し上げます。そして、実際に参加されなくても、この活動は様々な方々に支えられています。近隣の方のご理解によりスムーズに活動できました。また、様々な方からの声援も届き、それが私たちの活動の源にもなりました。その全ての皆様にも感謝申し上げます。どうもありがとうございます。
この壕の続きは、できれば年内に実施したいと思っています。決して楽な作業ではありませんが、よろしければ、どうぞご参加ください。
早朝、駐車場からの空
近隣の駐車場を9日間無償でお借りしました。
住民の皆様どうもありがとうございます。
昨日、外につながった通路の土砂を手分けして発掘(奥が出入口)
様々な遺留品が見つかりました。
土砂運びをする沖縄駐留アメリカ海兵隊員
今回最年少参加者の小学校4年生は遺留品を見つけていました
琉球大生、名桜大生、自衛隊員、海兵隊員のチーム
土砂が1m以上積もり、這ってしか通れなかった場所
最後は立って歩けるようになりました
爆発物は陸自の爆発物処理班が収容
昼食時、自衛隊員と海兵隊員
昨日開けた出入口は次回まで閉じることに
出入口を閉じるための土嚢を運ぶ
参加者から「やっぱり土嚢運びは空援隊恒例ですね」との声が。
外からも土嚢を積む
最終日は道具洗いも
テントも畳みます。大勢なので作業が早い!
泥だらけだったヘルメットもきれいに
最後に壕の前で、神職でもある倉田専務理事が祝詞をあげました
2025年08月30日
沖縄調査2025 8月⑧
今回2回目の土曜日は50人近くにご参加頂きました。懸案だった場所を、いくつかの班に分かれて作業を進めました。岩や石が多く、なかなか思うように作業が進みませんが、常連の参加者を中心に、皆さんチームワークよくしっかりと作業下さっています。確実に壕が掘り上げられていく様子に、思わず「良い仕事だな」と足を止めて何度も見てしまいました。
一つの場所では、突き当りだった場所が外につながり、「本部に行き来しやすくなった」と、皆さんから喜びの声が。この場所は3日前に、80人以上のアメリカ海兵隊員が、1m以上積もった石を1日中運んでくださったことで、本日、一気にほっていくことができました。全ての活動が積み重なって、私たちの活動は進んでいます。
最終日の明日も、できるところまで掘っていきます。
土砂が積もり、天井に頭がつきそうになりがらの作業
土砂量が多く狭い場所
土砂はそれほど積もっていませんが 様々な種類の遺留品が出てきました
2025年08月29日
沖縄調査2025 8月⑦
昨日と本日掘っていた場所には、ご遺骨も出土品もほとんど見つからない場所がありました。土砂を見てみると、おそらく何もみつからないと予想されましたが、掘ってみないと断定できないため、壕底(=壕が造られた当時の床面)まで掘りました。
実際にやった人にしか分かりませんが、丸1日、土砂を掘り、運ぶ作業は、相当体力を消耗します。まして何も見つからな時間が長く続けば、更に疲労感が増しますが掘り続けて下さいました。
その結果、壕底に達し
「ここに遺骨が残されていなかった」
ことが分かりました。昨日今日は、土日に比べると人数が少なかったですが、作業を積み重ねることで、確実に前進することを改めて感じました。
丸2日間、この通路を掘りました
土砂が固く非常に掘りにくい
確認した土砂(=廃土)運びに丸1日従事くださった方も
常連の参加者が掘り続け壕底が確認できました
最少人数でした
2025年08月28日
沖縄調査2025 8月⑥
遺骨収容は、小さなシャベルとスコップでコツコツと掘るイメージを持つ方も多いですが、実際は、土木作業のような重労働が9割近くを占めます。
遺骨や遺留品がある地層にたどり着くには、その上に2m近く積もる土砂を動かす必要があることも。そしてその土砂を運ぶ人、土砂の場所を造る人も必要です。
今日は、土砂捨て場を造りました。この作業のリーダーは、高校生の時から参加下さっている大学1年生。彼は、他の人が休憩中でも常に作業を続けることで知られている体力の持ち主です。彼の班には体力のある人に加わってもらいましたが、休憩を何度かはさみながらでも
「午前中だけでかなり疲れました」
という声も聞かれました。
午後はメンバーを交代し、元アメリカ海兵隊員や沖縄に駐留する陸軍兵が加わりましたが、彼らでもかなりきつかったようで、作業前は余裕の表情でしたが最後は全身に疲労が表れていました。ただ、彼の班のおかげで、土砂置き場が新たにでき、参加者が多い今週末の作業がしやすくなりました。皆さんのおかげで作業が進んでいます。
土砂を掘っては、次々と運ぶ
土砂に多くの石が混じり、土も固く、非常に掘りにくい
遺留品を洗う
1942年製のアメリカのコインが見つかっています
後列右から2番目が常連の大学生。毎回、泥だらけです。
2025年08月27日
沖縄調査2025 8月27日⑤
今日は沖縄駐留のアメリカ海兵隊員80人以上がボランティアとして参加。事前に連絡を受けていた3倍ちかくの数で、この人数がいるならと、懸案だった場所の石を運んでもらったり、大きな岩を動かしてもらったりしました。
別の場所では、日本人参加者が掘っていた場所から、終了間際に日本兵の認識票が見つかりました。個人名はありませんが、部隊名が書かれていました。3日前に見つかった名前の入った筆箱のすぐそばにあり、筆箱の持ち主の手がかりになればと思います。
参加者皆さんのご協力があって成り立っていると改めて思った本日の活動でした。どうもありがとうございます。
突然の80人以上の海兵隊員の参加!
奥は天井近くまで土砂と石が堆積しています
ひとつ前の写真の場所から石の運び出し
海兵隊員がたくさん!
バケツリレーで運んでいきます
午後、沖縄県庁の援護課の職員さんも作業に参加されました
「山3475」の認識票が見つかりました。この部隊は第24師団です。
この壕の地域には歩兵第32連隊の第3大隊が
布陣していたことがわかっています
32連隊は「山3475」所属。そして徴募区は北海道.
認識票の見つかったすぐそばでは3日前に名前入の筆箱が見つかっています。
その名前を平和祈念公園で調べると北海道出身の2人が見つかりました。
詳細な情報を調べて、持ち主をさがしていきます
2025年08月26日
沖縄調査2025 8月④
今日も高校生、大学生、退役アメリカ海兵隊員、スイス在住の医者、県外参加者、地元住民、そして国会議員と、年齢や職業、国籍様々な人たちの混成チームでした。作業量が多く、いつもより体力を消耗させてしまったと、現場スタッフの私としては反省ですが、しっかり作業を進めてくださいました。初参加者もいる1日だけのチームですが、非常にチームワークが良いです。掘り上げた場所を見ると、丁寧な仕事で、皆さんが汗だらけ泥だらけになった成果が表れていました。
今回の活動が始まる前、現場総監督は「今回で掘り上げる」と言っていましたがスタッフは「できないだろう・・・」と思っていました。けれども人数が少ない日でもこれだけの作業ができるなら、もしかしたら・・・?という言葉が頭をよぎりましたが明日からまたどうなることやら・・・。国会議員含めて参加者全員ボランティアです。
土砂を掘り出す部隊
初参加の大学生もしっかり掘っていました
掘り出した土砂を確認するチームと、それを捨てる人
手分けして作業します
ヘルメットをかぶられているのでわかりにくいですが
西岡義高衆院議員(手前)も、他の参加者と一緒に土砂を掘り出したり
運んだり、確認したり・・・と全ての作業に従事されました
西岡義高衆院議員
ハードな作業が続き、背中を伸ばされていた瞬間
一日中黙々と作業され、国会議員だと分からなかった参加者もいるくらい
チームの一員として活動頂きました
2025年08月25日
沖縄調査2025 8月③
本日は20人が参加くださいました。昨日までに比べるとれば少ないですが、平日にもかかわらず十分多い方が集まって下さいました。その中には国会議員や、沖縄県議、那覇市議も。私たちの現場は、肩書関係なく、みな一緒の作業をします。汗だらけ、泥まみれになってもらうのも一緒です。皆さんのおかげで今日も作業が進みました。
高校生、大学生、元アメリカ兵、スイス在住の医者、県内在住者
県外参加者、沖縄県議会議員、那覇市議会議員、等々が一緒に作業
土砂量が多く、長身の参加者は天井に頭がぶつかるため
腰をかがめての作業が続きました。左は瑞慶覧長風 沖縄県議
「U.S. Marine Corps」(アメリカ海兵隊)と書かれた
歯ブラシが出てきたため周辺の土砂を要チェック
「U.S. Marine Corps」(アメリカ海兵隊)と書かれた歯ブラシ
「戦没者のご遺骨等の収集の加速化を図る国会議員連盟」の 三木圭恵議員もふるい作業
奥下剛光議員は発掘作業
日本陸軍の皿を見つけられました。
手榴弾等、爆発物も見つかっています
厨子甕という、骨壺のふた
「都築忠夫」と彫られた筆箱 ご遺族を探しています
遺留品が多すぎて、洗う作業も写真も間に合っていません…
瑞慶覧長風 沖縄県議と 瑞慶覧りか 那覇市議
2025年08月24日
沖縄調査2025 8月②
本日は60人以上が参加され、作業が更に進みました。
今のところ遺骨や遺留品はそれほど多く見つかっていません。参加者から「遺骨はお迎えできませんでした」という声もありましたが、遺骨が見つからないことは決して悪いことではないと考えます。遺骨が放ったらかしにされていなくてよかったです。今日の作業が次につながります。また、今日の作業ができたのは、昨日の作業があってこそで、私たちの活動は多くの参加者がいるからこそできることだと改めて感じました。
参加者が多く、入口に入るのに渋滞中
壕から出るときも渋滞
入口の大きな岩を1日中削って下さいました
(岩はもっと大きかったです)
壕内から出た石を積み上げて下さいました
大学生とアメリカ兵
大量の土砂が積もっていた場所を掘り出し
埋もれていた銃眼がきれいに出てきました
もう一つの銃眼① 土砂を外からと中からかきだしました
もう一つの銃眼② 中から土砂をかきだしています
もう一つの銃眼③ 終わる直前に穴が開きました。
戦没者のご遺骨等の収集の加速化を図る国会議員連盟が視察されました
明日以降、作業にも参加下さる予定です
2025年08月23日
沖縄調査2025 8月①
沖縄県糸満市での戦没者遺骨収容が始まりました。
調査するのは全長160mの陸軍の構築壕。文化財登録もなく、糸満市史にも載っていません。住民もほとんど知らない壕を、協力者の洞窟探索チームが今年発見し、今回の調査につながりました。
初日から50人近くが参加。県外、自衛隊の有志、アメリカ軍、大学生、地元の方々等々。土砂だけでなく、大きな岩や石も多く、いつものことながら、簡単には作業が進まないようです。皆さんの力で9日間活動を実施します。
朝の説明。人数多くて写真におさまりません。
この場所はそれほど土砂が積もっていません。
写真奥の壕の形を見ると構築壕だと分かります
ここは土砂が多くて狭い!
空援隊恒例のバケツリレー。土砂や石が多い場所です。
近所の店から大きなスイカを2つ頂きました
参加者だけでなく、様々な方のご理解のもと作業させて頂いています
(なぜか)一列に並んでスイカを頂きました
甘くてよく冷えたスイカは汗をいっぱいかいた後の何よりのごちそうでした
沖縄支部長が車を誘導
駐車場も近所のご厚意でお借りしています
2025年07月08日
サイパン慰霊祭ツアー 2025年7月③
昨日の慰霊祭に参列頂いた方々への御礼の表敬訪問の1日でした。サイパン市長や北マリアナ諸島知事から、是非、また来年も慰霊祭を営んでほしい、年に1回だけでなくもっとサイパンに来てくださいという声をお聞きしました。日本人観光客は最盛期に比べるとコロナ前から減っていましたが、今は、直行便が週3回、しかも飛行機の時間は深夜だったり早朝だったりとアクセスが非常に悪く、日本人がほとんど来ない状況です。それに加えてコロナ後には、韓国人や中国人も激減し、今回、観光客をあまり見かけませんでした。サイパンの行政府の長らが、日本人がまた戻ってくることを切望されていたのが印象的でした。
表敬訪問の合間には、日本統治時代の名残の場所を訪問。1914年からの30年間、ここに多くの日本人が住み、にぎわっていたことを改めて感じました。今はその歴史も、かつてここで戦争があり、民間人を含む多くの日本人、アメリカ人、現地住民が亡くなられたことを知る人も激減していることを感じています。これを書いているスタッフ自身も、サイパンに来るまでは全く知りませんでした。1944年7月にサイパンが陥落、その後テニアンも米軍に占領され、この場所からB29が日本本土に直接飛べるようになりました。日本での空襲が本格化したのがこの地であることを再認識する滞在でした。
慰霊祭は、宗教家や現地の方々、会員等、多くの皆様の協力があって毎年営むことができています。来年以降も続けて参りたいと思います。よろしければ是非ご参列下さい。
慰霊祭に参列頂いたサイパン市長を表敬訪問
サイパンで空援隊が抱えている遺骨収容に関する問題も共有しました。
北マリアナ諸島知事を表敬訪問
日本統治時代に造られた彩帆八幡神社(サイパンはちまんじんじゃ)
社殿は戦禍を逃れ
1981年にご縁のあった神主さんによってお社が再建された。
しかしその10年後に神主さんが撤退されてからは放置されて
鳥居も倒れたままの状態で、今を迎えています。
アメリカの文化財として登録されていて
誰もが迂闊に手を出せない状況になっているのが心苦しい状態でした。
神社の土地所有者と私たちをつないでくれた協力者と一緒に撮影
多くの協力者のおかげでサイパンでの私たちの活動も成り立っています。
彩帆香取神社
滞在中青空が見えたのは最終日のひと時でした。
2025年07月07日
サイパン慰霊祭ツアー 2025年7月②-1
空援隊が主催する日米合同神仏基慰霊祭が執り行われました。神道、仏教、キリスト教の宗教家が、サイパン戦で亡くなられた、日本人、アメリカ人、現地の人々等、国籍関係なく全ての犠牲者を追悼しました。
慰霊祭の会場は、サイパンで最後の総攻撃(いわゆるバンザイ突撃)が行われた場所。その戦いで、日本兵4300人以上、アメリカ兵400人以上が戦死したと言われています(米軍記録より)。81年前にその戦闘が行われた日が、今日7月7日です。
バンザイ突撃の後、米軍は、その場所に日本兵の死体を埋めました。それが「集団埋葬地」と呼ばれる場所です。空援隊は2011年にその「集団埋葬地」を発見し、厚労省と共に2年間で、約800体の遺骨を収容しました。多くの日本人が埋められていた場所で、毎年7月7日に行っているのがこの慰霊祭です。
昨年から加わって下さった地元のカソリック教会、マウント・カーメル教会の司教だけでなく、今年は他の教会からも司祭ら4人が加わってくださいました。「キリスト教の皆さんがサイパン戦の犠牲者を一緒に追悼しようという思いが年々強く感じられます」と日本の宗教家の先生方から感想が聞かれました。
サイパン市長や地元協力者ら、また、会員を含めて日本からこの日のために参列下さった方々も。「是非来年も参列します」という声もお聞きしました。
予定時間になってもテントが届かない、北マリアナ諸島の知事が(知事スタッフの手違いで)お越し頂けない、また朝から雨が降り、参列者も少なめという慰霊祭でしたが、6回目の慰霊祭も、皆さんのおかげで滞りなく執り行われました。日本から駆けつけて下さった宗教家の先生方、第1回から後援頂いている国際宗教同志会の皆様、ご参列頂いた会員の皆様、日本からも思いを寄せて下さった皆様に感謝申し上げます。そして、宗教家の先生方を含めて、この慰霊祭にかかわる全ての方がボランティアであることも記載します。
第1回から欠かさず追悼下さっている村山博雅先生
(世界仏教徒青年連盟 会長
洞雲寺 住職)
マウント・カーメル教会
ロメオ・コンボカー司教(Romeo D. CONVOCAR)
英語で祝詞をあげられた三宅善信先生
(国際宗教同志会 事務局長
金光教春日丘教会長)
焼香
6ヵ月の赤ちゃんも焼香
宗教家の先生方と
サイパン市長(Ramon "RB" Jose Blas Camacho(左から3番目))
今年は雨のためテントの下で集合写真
慰霊祭の時間、サイパンの別の場所では、激しい豪雨だったそう。
一方、慰霊祭会場の雨脚はそれほど強くなく「涙雨ですかね」という声も。
雨(=戦没者でしょうか)にも見守られながらの式典でした。
2025年07月07日
サイパン慰霊祭ツアー 2025年7月②-2
慰霊祭の後、戦没者の遺骨調査も実施し、昨年、頭蓋骨2つの他、多くの遺骨を見つけた洞窟を訪れました。
サイパンでは民間団体に収容許可がおりないため、私たちは収容できません。そのため昨年遺骨を見つけた際には、地元警察に通報し、警察から地元の担当役所(HPO)にその情報が伝えられました。しかし収容されませんでした。
その後協力者が、遺骨がきちんと保存されているかを定期的に見守って下さっていました。しかし、2ヵ月前まで昨年と同様の場所にあった遺骨はなくなっていました。しかるべき手続きをとったうえで収容されたのか、疑問が残ります。遺骨を勝手に持って行く人もいると聞いています。日本の担当役所の厚労省が収容したのなら、いずれ日本に持ち帰られる可能性がありますが、たとえ遺骨が収容されたとしても情報提供者である我々に「収容したという」連絡はないため、すっきりしない思いが残ります。
日本に帰れたのか、それとも誰かが無断で持って行ってしまったのか分からない…、このような状況がサイパンでは以前から続いていることもここに記載します。
昨年頭蓋骨を見つけた洞窟に確認に行った
2025年07月06日
サイパン慰霊祭ツアー 2025年7月①
毎年7月7日に空援隊がサイパンで執り行っている、神仏基日米合同慰霊祭(第6回)のために宗教家や会員が現地に到着しました。
日本を深夜に出発し、朝到着してホテルにチェックイン。休む間もなく出発。まずはマウント・カーメル教会(The Roman Catholic Diocese
of Chalan Kanoa)のロメオ・コンボカー司教(The Most Reverend Romeo D. CONVOCAR)との慰霊祭の打合せから始ました。その後、いくつかの戦跡も訪れ、81年前のこの地での戦争について触れる時間となりました。
司教との打ち合わせ、右は村山博雅先生
明朝サイパン入りの三宅善信先生は日本からオンラインでご参加
サイパンに住んでいた日本人が
米軍に追われ身を投げたバンザイクリフ
日本軍の見張り壕
シールドケーブ、ここに日本兵が生き埋めにされた
2025年6月16日
通常総会、年度報告会 開催
京都において通常総会と年度報告会を開催しました。
昨年度実施した沖縄県での戦没者遺骨の発掘調査や、調査の許認可取得の交渉のため、何度も沖縄に足を運んだこと、今後の沖縄での調査の計画等々、いつもながらざっくばらんにお話ししました。
いつもは東京での開催ですが今回は8年ぶりに京都での開催(2017年以来)。参加者の顔触れは関西の方ばかり…と思いきや、京都、大阪、兵庫に加えて、広島、愛知、東京からもご参加頂きました。
朝から梅雨空で、時折強い雨が降るなかでしたが
皆さん足を運んでくださいました
2025年5月28日
サイパン慰霊祭ツアーのご案内(2025年7月)
サイパン戦の戦没者を追悼する、神道、仏教、キリスト教合同慰霊祭を、以下の日程で執り行います。
2016年より国際宗教同志会の後援で実施してきた本慰霊祭は、日本人戦没者だけでなく、サイパン戦で亡くなった全ての犠牲者を、宗教宗派問わず追悼してきました。慰霊祭の日は、サイパン戦で最後の総攻撃、いわゆるバンザイ突撃が行われた日です。
ご参加ご希望の方は、できるだけお早めに お問い合わせ下さい。
<サイパン慰霊祭ツアー>
【期間】2025年7月5日(土)-9日(水)
※利用する空港によって異なります
【予定】慰霊祭を7月7日(月)に執り行います。
それ以外は表敬訪問等を予定しています。
【費用】1人 15万円以上
【参加条件】
○会員になって頂くことが前提です。
○戦没者への哀悼の意を体現するため、
滞在期間中次の2つのルールを守れる方
・食事を食べ残さないこと
・禁酒
【締め切り】2025年6月14日(土)
【問合せ】
(電話)075-321-4661
(e-mail)office@kuuentai.jp
2025年5月15日
沖縄 遺骨調査のご案内(2025年8月)
8月に沖縄において遺骨調査を実施します。
ご参加ご希望の方はお早目に お問合せ下さい。
航空券や宿泊先につきましては、ご自身で手配いただくか、空援隊にご連絡ください。夏休み期間にあたりますので航空券や宿泊代が高い時期です。早目の予約ですと安く上がることが多いです。ただし、曜日により大きく異なります(ご検討中の方もご一報下さい)。
<沖縄 遺骨調査(2025年8月)>
【期間】2025年8月23日(土)-31日(日)
※最短参加日数は1日(終日)以上
期間中のご都合の良い日にご参加下さい。
【場所】糸満市 ※詳細は参加者にお知らせします。
※①沖縄県外 の方と②沖縄在住者 とで参加条件等が異なります。
①沖縄県外 から参加の方 ※ご入会をお願いします。
【参加条件】
○戦没者への哀悼の意を体現するため、
滞在期間中次の2つのルールを守れる方
・食事を食べ残さないこと
・禁酒
【締め切り】
(空援隊に手配を依頼される方)8月1日(金)
(ご自身で手配される方) 8月9日(土)
②沖縄県在住 の方
【参加条件】
1日以上、終日参加可能なこと、他。
※その他については、お問い合わせ下さい。
【締め切り】2025年8月9日(土)
◎参加方法◎
空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
(電話)075-321-4661
(e-mail)office@kuuentai.jp
※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信しています。
もし3日経っても連絡がない場合は、電話でお問合わせ下さい。
また、迷惑メールフォルダーにメールが振り分けられていないかもご確認下さい。
2025年5月15日
年度報告会のお知らせ(6月・京都)
年度報告会を開催します。ご参加ご希望の方は6月12日(木)までに ご連絡下さい。
◎日時:2025年6月14日(土)午後1時
※午後1時からの社員総会に続き、年度報告会を開催します。
この時間にお集まりください。
◎場所:京都市 下京いきいき活動センター (京都市下京区上之町38)
※京都駅中央口(京都タワーのある出口)から徒歩約10分
※京都駅からの行き方の詳細はこちら
◎連絡先(メール)office@kuuentai.jp
(FAX)075-321-4607
(電 話)075-321-4661
2025年5月15日
YouTubeに映像を掲載しました
沖縄県で行われた、ボランティアによる組織的な遺骨収容。
参加者はのべ300人以上、大学生や、沖縄駐留のアメリカ兵ら、国籍や年齢様々な顔ぶれ。大量のごみが捨てられた洞窟、特攻艇壕、土砂や大きな岩がある壕等を調査。多くのボランティアが参加したことで、一気に作業が進み、多くの遺骨が見つかりました。空援隊が実施する調査のレポートです。
(2025年5月掲載)
空援隊YouTubeチャンネル
『沖縄 戦没者遺骨収容 2025 -ボランティアの組織的調査-』
VIDEO
※よろしければ再生後、画面下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい
2025年4月2日
YouTubeに映像を掲載しました
国宝や世界文化遺産に登録されている奈良県吉野の金峯山寺が、戦後80年の今年2月、沖縄において戦没者慰霊祭を執り行いました。吉野から檜を運び、約50人の修験者が出仕し、戦没者を追悼した記録を2作品掲載しました。
ディレクターズカット版は、慰霊祭に協力した空援隊からみた慰霊祭をレポートしました。
(2025年2月)
空援隊YouTubeチャンネル
『金峯山寺 沖縄戦終結八十年 平和祈念慰霊とも祈り採灯大護摩供』
VIDEO
※よろしければ再生後、画面下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい
『金峯山寺 沖縄戦終結八十年 平和祈念慰霊とも祈り採灯大護摩供
ディレクターズカット版』
VIDEO
※よろしければ再生後、画面下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい
2025年02月28日
沖縄調査 2025年2月⑦
おとといは今回の発掘収容活動の最終日でした。参加者が一番少ないなか、残り2つの壕の完掘を目指しました。
1つの壕では頭蓋骨が埋まっているのを発見。土が固くなかなか取り出せず、頭蓋骨を浮かび上がらせるように丁寧に土を掻き出していきました。しかし、ひびが入っていて、そのままの形で取り出すのは難しいと判断。割れた状態で拾い上げていきました。すると頭蓋骨の中から日本軍の弾丸が。この周辺を調査するきっかけが頭を日本兵に撃たれ、洞窟に埋められたアメリカ兵を探すことだったので、「もしかしたら」と一同に緊張が走りました。終了時間が迫るなか、骨片も取りこぼさないようにと周囲の土砂も集めながら収容していくと出てきたのが入れ歯。探しているアメリカ兵は若いため、一気に緊張がゆるみました。何はともあれ収容できて良かったです。そしてここで時間切れとなりました。
今回の調査で約210人が参加。9つの壕を調査し8つの壕が完掘しました。そして空援隊が2022年から沖縄で活動を始めて1番多くの遺骨が見つかった回でした。推定20~25体分と思われます。今回、多くの遺骨が見つかったのは、ここで調査を始めた昨年8月と11月の活動にもよります。前2回の調査ではほとんど遺骨が見つからず、土木作業のような作業ばかりでしたが、それがなければ、絶対に見つけることができない場所から今回遺骨を見つけられました。100袋近いごみを壕から出して、遺骨収容ではなく「ごみ収集」に丸2日従事くださった方々もいらっしゃいました。またひたすら壕から土砂を出すだけの日もありました。多くの皆さんにご参加頂いたからこそ、大変な作業でも毎回「よしやるぞ」と思えました。全ての参加者のおかげです。そして、実際に作業に参加されなくとも応援頂いている皆様にも感謝申し上げます。
遺骨は戦没者遺骨収集情報センター(糸満市摩文仁)に昨日お渡ししました。収容数について国の判断を仰ぐことになりますが、遺骨収容の担当所管である厚労省からは、何体収容したのかの報告はこれまでも一切なく、これからもないでしょうから、収容数は分かりません。おそらく厚労省に民間人への報告義務はないのでしょう。「遺骨収容は国の責務」と法律で言っていますが、国の責務をボランティアで行っている者への対応はまともとは思えません。私たちはこれからも戦没者をお迎えするために、ひたすら前を向いて活動してまいります。一緒に前を向いて活動いただける方のご参加をこれからもお待ちしています。次回の調査は、またこのページでお知らせします。
尚、最終日の一昨日、衆議院議員の奥下剛光さんが丸1日参加されました。土砂を掘ったり、その土砂から遺骨を探したりと、参加者と同じ活動に従事され、活動を通して遺骨収容の現実について触れて頂きました。
この壕では深い場所から遺骨が見つかっています。
上からご覧になっているのは奥下剛光衆院議員
昨日までにこの壕から見つかったのは↓
水筒
お釜
土砂を壕の外に出して確認。奥下議員も。
子供の指の骨も同じ場所から見つかりました
元アメリカ海兵隊員(左)に教わりながら土砂を掻き出す奥下議員
頭蓋骨が見つかりました
頭蓋骨の中から見つかった入れ歯
櫛も見つかり遺骨は民間人の可能性も
別の壕は当初古墓のようにも見えましたが
特殊艇壕(通称㋹壕)の造りかけのようにも見えるほど似通っていました。
常連の参加者でこの壕を掘り切り完掘
今回の調査で見つかった方々と一緒に集合写真
2025年2月26日
3月 東京ドキュメンタリー映画祭 in OSAKA 上映のお知らせ
空援隊スタッフが制作した『沖縄 戦没者遺骨収容 旧海軍司令部壕』が3月に開催される東京ドキュメンタリー映画祭 in OSAKA (2025年3月8-14日)の短編部門のプログラム「“先の戦争”の現在地」 にて上映されることになりました。東京ドキュメンタリー映画祭の大阪での開催は2年ぶりで、今回の映画祭は、2023年と2024年の東京ドキュメンタリー映画祭の上映作品を中心に、話題を呼んだベストセレクションとのことです。上記の作品は、昨年の東京ドキュメンタリー映画祭(2024年12月)に続き選んで頂きました。沖縄県旧海軍司令部壕において、空援隊が1年以上実施してきた遺骨収容の活動をまとめた作品です(YouTubeにも掲載中)。
開催場所は十三の「シアターセブン」 です。是非スクリーンでご覧になりませんか。当日はスタッフも劇場に行く予定です。多くの方のご来場をお待ちしております。尚、大阪での集客が簡単ではないそうですので、SNSでの拡散やお知り合いにお声がけ頂けましたら幸いです。
(上映日時)
短編部門プログラム「“先の戦争”の現在地」 (上映時間約90分)
2025年3月10日(月)11時分~
(場所)
「シアターセブン」 ※ビルの5階です。6階は「第七藝術劇場」
阪急「十三」駅 徒歩約5分
大阪市淀川区十三本町1丁目7-27サンポードシティ5階
(公式HP)東京ドキュメンタリー映画祭
(公式X)こちら
(公式Facebook)こちら
2025年02月25日
沖縄調査 2025年2月⑥
連休明けの本日の参加者は昨日の半分。といっても30人が参加されました。昨日終わりかけに2つの壕から多くの遺骨が見つかり今日もその続き。両方とも大きい壕ではないので終わるかと思いましたが次から次へと遺骨が。
1つの壕では、丸々1人分の遺骨と、それ以外にも別の人の骨があるようです。橈骨、大きな大腿骨等々が割れずに見つかり、三連の銀歯、金歯等もある一方で、乳児の歯も見つかっています。遺留品は、水筒、日本軍と思われるベルトのバックル、米軍の使用済みの弾、等々。もう1つの壕では、会社名(?)が刻印された戦時中の可能性のある「ねじ」、鉄製品等と共に大人の骨や乳児の歯等も見つかっています。ただ、昔の甕も見つかり、古墓の骨の可能性もまだ否定できず沖縄での遺骨収容の難しさも感じます。明日も、年代を知る手掛かりになるような原型を留めない小さな出土品もしっかり収容していきます。
両壕とも終わりが分からないくらいの量の遺骨が見つかっていて、初日は今回でこの周辺の壕を終えられると思いましたが、明日の最終日で終えられるのか全く分からなくなってきました。参加者に毎回私たちがお伝えする「掘って見なければ分からない」という言葉が改めて自分たちに返ってきています。
調査4日目にしてようやく朝に太陽が見られました。
昨日参加者に吹き付けた強い風もやみました。
1つの壕から見つかった数体分の遺骨(の一部)。乳児の歯もあります。
上記の壕から見つかった遺骨
もう1つの壕では、沖縄在住の退役アメリカ海兵隊員が
中心になって丁寧に骨を掘り出しています
上記の壕から土砂を外に出し骨を探します
もろい骨もありふるいを使うと骨が壊れる可能性があるため
土砂を広げて目を凝らします。薄くて小さな骨片も拾い上げていました。
上記の壕から見つかった遺骨の一部。まだまだ見つかっています。
上記の壕から日本軍と思われるベルトのバックルが見つかりました
腕の骨
遺骨や出土品が大量で、泥落とし等の仕事も
手伝ってもらっています
お昼過ぎに大東文化大学や名城大学の学生ら13人が帰り
最後は一気に人数が減りました。学生から「最終日までいたかった」との声も。
2025年02月24日
沖縄調査 2025年2月⑤
今日は今回一番人数の多い60人近くのボランティアが参加。その3分の1が大東文化大学、名城大学、琉球大学の大学生、その他、昨日に引き続き自衛隊有志の方々、本土からの参加者、地元の方々等々・・・。5つの壕に分かれました。連日参加されている初参加者の中には作業に慣れてきた人たちも多く、常連の参加者と一緒に一気に作業を進め、午前中に1つの壕が掘。またその他の壕からも「もうじき終わる」との報告が。
終わった後どうするか頭を悩ませながら昼食後作業を開始すると、終わりそうだと報告のあった壕から、遺骨やレールが見つかった等々次々と報告が。また、通常だったら重機等の機械を使って動かすような岩を、自衛隊の方々が動かして下さり、その下から頭蓋骨が出てきました。岩が落ちていなければ砕けずにそのままの形で残っていたかもしれません。そしてそのそばから、お米の釜や茶碗、鉄くずが。今日で終わりそうでしたが明日も続きをします。(壕の場所もばらばらで、色々見つかって撮影が追い付かず・・・)
朝、説明中。風が強くて1日中寒い!ダウンジャンパー姿の人も
屈強な自衛隊の方でも全く動かない大きな岩でしたが
諦めることなく30分以上かけて動かして下さイマシタ。
見守っていた参加者からは拍手と感嘆の声が。
岩を動かし終えた自衛隊の皆さん
午前中で終了した壕の「ふるい隊」の皆さんが
午後は遺骨や遺留品の土砂落とし
見つかった手の指をつなぎました
歯科衛生士だった参加者が上と下の歯を分けて下さいました。
色々な専門家が参加中です。
2025年02月23日
沖縄調査 2025年2月④
糸満市での戦没者遺骨収容2日目。今日も昨日に引き続き約40人が参加しました。その中には参加予定はなかったものの、昨日参加され「是非今日も行きます!」と言って下さった自衛隊有志の方々も。彼らを中心に特殊艇壕を構築時の床まで掘り下げると、格納されていたボートを運ぶためのレールの枕木を発見しました。文献では知っていましたが、80年経ってそのまま木が残っているのは非常に珍しいと思います。この壕は、水をたっぷり含み非常に重い泥が積もっている場所でしたが、パワフルな自衛隊の方々に引っ張られるように、「普段事務職で、全然体を動かしていないです」という方々も、泥だらけになって一日中掘り続けて完掘しました。
また他の壕では、粘土や土砂が堆積し固い土壌を手分けして掘りました。午前中いっぱい掘っても掘っても遺骨や遺留品が全くと言ってよいほど見つかりませんでしたが、作業終わりに使用した米軍の発煙手榴弾(スモークグレネード)の頭が入口付近から見つかりました。この周辺で調査をするきっかけが狙撃され戦死したアメリカ海兵隊員を探すことが目的なので貴重な遺留品の可能性もあります。またもう一つの別の壕では遺骨が多く見つかっていて、岩の割れ目に体を入れて遺骨の混じった土砂を掘り出したり、そしてその土砂をふるい続け、小さな骨片まで丁寧に探し出してくださったりと、活動2日目にして終わる目途が見えてきました。多くのボランティアが参加して下さるからこそできることです。明日は更に多くのボランティアが参加予定です。
開始時間前に参加者約40人全員集合!
気持ちが一丸となります
この特殊艇壕はぬかるんだ土砂が堆積し、足元がとられ作業が難航
泥まみれになってこの特殊艇壕を1日中掘り下げた結果
レールの枕木を発見 約85㎝の長さ
レールの溝もきれいに残っていました
別の場所では岩と岩の間に遺骨が流れ込んでいたため
腹ばいになって土砂を掻き出します
(ちなみに2日後に受験を控えた高校生(↑)が大活躍)
掻き出した土砂をふるいます。
常連さんが初参加者に探し方を説明
また別の壕では、遺骨や遺留品が全く出ない時間が長く続くなか
大量の土砂を掘り出し続けてくだり
米軍の発煙手榴弾(スモークグレネード)が見つかりました。
70代(沖縄在住のご遺族)と80代の参加者(東京から参加)
見つかった遺骨(一部)
まだまだありますがとにかく多くて撮影がおいつかず…
銀歯
会員のお母さまから「ホットぜんざい」の差し入れ
2025年02月22日
沖縄調査 2025年2月③
糸満市での戦没者遺骨収容初日。この場所での調査は3回目、前回から継続して調査していた壕と、そして新たに2つの特殊艇壕、通称㋹(=マルレ)壕の徹底調査を開始しました。
県内外からボランティア42人が参加くださり、初日から3つの壕が完掘。残されていた遺骨や遺留品も収容でき「これ以上ここには遺骨がない」ことを確認できました。時間に余裕があったため、新たに特殊艇壕1つと、前回も調査していた別の壕にも着手。また、更に新たな壕が見つかり、その周りからも多くの遺骨が。明日もこれらの壕を掘ります。
今日は自衛隊有志も多く参加下さり、また経験者も多く、一気に作業が進みました。初めての参加者も一丸となり、チームワークの賜物だと改めて感じます。
特殊艇壕
初参加の自衛隊有志の方々。パワフルで作業がはかどりました。
確認した土砂(=廃土)を置くため
まず、片側(=写真では並べた石の右側)を壕底(=壕構築時の床)まで掘り
そこに何もないことを確認。
そして次に、確認した土砂をその場所に置き、掘り上げたのが↓
完掘後
毎回参加下さる沖縄在住退役アメリカ兵と自衛隊有志、
そして初参加の高校生。彼らと一緒に作業をした高校生は
「皆さん作業が早くて…、土砂を1日中かいたら手がしびれました」とも。
収容した遺留品や遺骨の土を落とす
見つかった遺留品や遺骨(一部です)
頭骨や大腿骨も見つかっています(古墓の骨の可能性もあります)
新たに見つかった壕の遺骨
30分ほど掘っただけでこれだけの量が。明日も収容します。
2025年02月21日
沖縄調査 2025年2月②
金峯山寺 (奈良県)による、「沖縄戦終結80年 平和祈念慰霊 とも祈り採灯大護摩供」」が沖縄県平和祈念公園において厳修されました。金峯山寺による沖縄での慰霊はこれが初。国の内外、敵味方の別なく、沖縄戦で亡くなられた方々を追悼されました。40人程の修験者の前で、五條良知管長が「いつもの大護摩の祈りでは足りない、大きな力が要ります。」と、慰霊祭の前に話されていたのが印象的でした。
空援隊はこの慰霊祭を、金峯山寺に呼びかけ、平和祈念公園から開催の快諾を得て、今回実現しました。会員や遺骨収容の仲間が、準備や片付けを手伝いました。朝から雨が降り、風が強い日でしたが、式典が始まる直前に雨が上がりました。明日からは、糸満市で発掘調査を行います。
午前中はずっと雨
慰霊祭の前に公益財団法人平和祈念財団 松川満事務局長による講話
参集された修験者の皆さんに
沖縄戦について知ってから慰霊祭に臨んでほしいと
五條管長が松川事務局長に講話を依頼されました
採火式に臨む修験者の列
五條良知管長
福山哲郎参議院議員(京都選出)も参列
会員や遺骨収容参加者が片付けを手伝い
空援隊と言えば「土のう運び」(?)です。
そして慰霊祭でも土のう…
地面を洗い流す水を運ぶ。重い!
今日は調査ではありませんでしたがやはり空援隊と言えば「土のう」でした
2025年02月20日
沖縄調査 2025年2月①
今年初めての沖縄戦没者遺骨発掘収容が、今週の土曜日から始まります。そして今回は、明日2月21日(金)に、空援隊が協力する金峯山寺 による「沖縄戦終結80年 平和祈念慰霊 とも祈り採灯大護摩供」 が、沖縄県平和祈念公園で執り行われます。本日はその両方の準備を、一足早く沖縄入りしている会員らと共に行いました。明日は、更に多くの会員が慰霊祭を手伝って下さる予定です。今回はいつも以上に本土から多くの会員が参加します。地元の参加者も含めて、今回も大勢のボランティアとともに活動を進めます。
慰霊祭はどなたでもご参列頂けます。13時からぜひお待ちしております。
午前中は、遺骨収容の準備。テント設営や資材を運びました。
会員だけでなく、毎回協力者も駆けつけて下さいます。
午後は慰霊祭の準備
この檜葉や檜の木は、奈良県吉野の山から船で運ばれてきました
本日手伝ってくださったのは18歳の会員2人