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■NEWS 過去の掲載 <2024年>

2024年11月22日
2025年2月 沖縄戦終結80年 平和祈念慰霊 とも祈り 採灯大護摩供
 来年2月21日に、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園において、金峯山修験本宗 総本山 金峯山寺(きんぷせんじ(奈良県))が、戦没者慰霊祭を執り行います。金峯山寺は全国の修験者・山伏が集う修験道の中心寺院で、ユネスコの世界文化遺産にも登録されています。空援隊は、金峯山寺の管長や前宗務宗長らとかねてから知己を得て、この慰霊祭に協力しています。多くの方々のご参列を是非お待ちしております。お知り合いや、沖縄の方々にもお声がけ頂けますと幸いです(参列無料)。
 慰霊祭ご参列にあたっての、航空券や宿泊先につきましては、ご自身で手配いただくか、金峯山寺にご連絡下さい。

【慰霊祭の趣旨(金峯山寺)】
 昭和20年(1945)6月23日は、太平洋戦下の沖縄における、旧日本軍の組織的な戦闘が終わったとされる日です。来年令和7年は、その日から80年を迎えます。この沖縄戦では、一般市民を含む国内外の20万人を超える方々が亡くなられております。
 金峯山修験本宗 総本山金峯山寺は、令和7年2月21日午後1時、沖縄戦最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園において、『沖縄戦終結80年 平和祈念慰霊とも祈り 採灯大護摩供』を厳修いたします。国の内外、敵味方の別なく、沖縄戦による戦没者を始めとします戦争物故者の追悼慰霊法要とすると共に、私たち自身が先人に感謝し、平和の尊さを心に刻み、世界の平和をともに祈る機会に致したいと存じます。
 この平和祈願慰霊大護摩供は、沖縄で戦没者の遺骨収容を行っておられる「空援隊」よりのお誘いとご協力により行うもので、当日は空援隊や地元協力者有志のみなさまとともに、当山五條良知管長猊下大尊師の下、金峯山修験大衆が出仕して厳修いたします。

【沖縄戦終結80年 平和祈念慰霊 とも祈り 採灯大護摩供】

■日時 2025年2月21日(金)午後1時
■場所 沖縄県 平和祈念公園(沖縄県糸満市摩文仁444)
■旅行手配 ご自身で手配いただくか、金峯山寺にご連絡下さい。
      金峯山寺 0746-32-8371

2024年11月22日
沖縄 遺骨調査のご案内(2025年2月)
 来年(2025年)2月に沖縄において遺骨調査を実施します。8月と11月に実施した調査の続きで、発掘調査を中心に行う予定です。
 ご参加ご希望の方はお早目にお問合せ下さい。連休と重なり費用が高い時期です(ご検討中の方もご一報下さい)。航空券や宿泊先につきましては、ご自身で手配いただくか、空援隊にご連絡ください。

<沖縄 遺骨調査(2025年2月)>

 【期間】2025年2月22日(土)-26日(月)
     ※最短参加日数は1日(終日)以上
       期間中のご都合の良い日にご参加下さい。

 【場所】糸満市 ※詳細は参加者にお知らせします。

※①沖縄県外の方と②沖縄在住者とで参加条件等が異なります。

①沖縄県外から参加の方 ※ご入会をお願いします。
 【参加条件】
  ○戦没者への哀悼の意を体現するため、
   滞在期間中次の2つのルールを守れる方
   ・食事を食べ残さないこと
   ・禁酒

 【締め切り】
  (空援隊に手配を依頼される方)12月末日
  (ご自身で手配される方)   2025年2月1日(土)
 
沖縄県在住の方
 【参加条件】
  1日以上、終日参加可能なこと、他。
  ※その他については、お問い合わせ下さい。
 
 【締め切り】2025年2月1日(土)


◎参加方法◎
 空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
 (電話)075-321-4661
 (e-mail)office@kuuentai.jp

 ※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信しています。
  もし3日経っても連絡がない場合は、電話でお問合わせ下さい。
  また、迷惑メールフォルダーにメールが振り分けられていないかもご確認下さい。


2024年11月22日
12月・東京ドキュメンタリー映画祭2024で映像上映のお知らせ
 空援隊スタッフが制作した『沖縄 戦没者遺骨収容 旧海軍司令部壕』が12月に開催される東京ドキュメンタリー映画祭2024の短編部門「“先の戦争”の現在地」にて上映されることになりました。この作品は、沖縄県旧海軍司令部壕において、空援隊が1年以上実施してきた遺骨収容の活動をまとめたレポートです(YouTubeにも掲載中)。
 期間中、以下の2回上映されます。よろしければ是非スクリーンでご覧になりませんか。多くの方のご来場をお待ちしております。手弁当で開催される映画祭とのことで、お知り合いにもお声がけ頂けましたら幸いです。

(上映日時)
 ・12月3日(火)18時50分~
 ・12月9日(月)10時~
(場所)新宿ケイズシネマ(東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F)
    JR新宿駅 東南口 徒歩3分/東口 徒歩5分
(公式HP)東京ドキュメンタリー映画祭

2024年11月4日
 沖縄調査 4日目
 前回8月、そして今回4日間作業を続けて、少人数では「できない」と思うことも、多くのボランティアが参加することで、実現できると改めて実感しています。昨日書いてたことを今日も?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、改めて今日も実感しました。
 2つの壕で進展がありました。1つの壕では、土砂が積もり、どれだけ奥が続いているのか全く分かりませんでしたが、天井まで積もった土砂や岩を運び続けたら、隣の壕と繋がっていることが、ようやくわかりました。  
また、もう一つの壕では、戦後のごみや多くの獣骨が混ざり、遺骨がほぼ見つかりませんでしたが、作業終了間際に遺骨が見つかり始めました。
 2つの壕とも、毎日土砂を運び続けたからこそ見つけることができました。今回、4日間でのべ100人近くのボランティが参加されました。県民、大学生グループ、県外参加者、沖縄駐留アメリカ兵や退役軍人等々、様々な人の力が今回も結集しました。前回も含めて作業に携わった全てのボランティアの皆さんの作業の積み重ねが遺骨や遺留品を見つけることにつながっています。そして、活動にご理解頂き、ご声援やご支援をお送り頂いている方々もこの活動の大きな力となっています。今回も怪我や事故なく作業を終えられました。皆様どうもありがとうございます。
 この場所は、継続調査となります。私たちは、現場で作業頂き、遺骨収容の実情を実感して頂きたいと考えています。手を動かし、汗を流し、泥だらけになって作業するボランティアのおかげで作業は進みます。次回は来年2月を予定しています。多くの皆様のご参加をお待ちしています。


午前中は、今回の調査現場を離れて、別の壕を試掘
この壕を本格調査するかは今後検討します



午前の作業終了。この後、今回の調査現場に戻りました。



天井近くまで積もっていた土砂や岩を掘り出す。量が多いためスピード勝負。



掘った土をバケツリレーで運び出す



距離があり、量も多いため人数が必要。
重い土砂をひたすら運び続けるのは見た目以上に体力を消耗します



4日間掘り出し続けた結果、壕が隣の壕と繋がっていることが分かりました。



4日間この壕を掘っていた退役アメリカ兵と沖縄駐留のアメリカ兵
開通した壕から撮影しました。



こちらは、ごみが多くあったもう一つの壕。
縦壕で入口は狭い。土砂を入れた土のうをここから出します。



ごみの混じった土砂が積もっていましたが
前回から掘り続けた結果、ようやく底が見えてきました。



壕から出した土砂を外で確認



終了間際、ようやく遺骨が見つかりました。
「まだ残っている、帰るな」と言われているような気が…。
終了間際に遺骨が見つかることはよくあります。



調査場所の土地所有者が差し入れて下さった冬瓜
遺骨収容をするには土地所有者の許可、等々が必要です。
皆さんのご理解があって活動ができます。



次回は2月です。お待ちしています。



2024年11月3日
 沖縄調査 3日目
 今回調査している洞窟の一つに、約100袋分のごみが捨てられていた場所があります。前回8月の調査でそのごみを運び出し、今回は土砂を確認する作業に取り掛かっていますが、戦後のごみが混じった土砂や、流れ落ちてきた土砂が非常に多く積もっていて、掘っても掘ってもその下にあると思われる戦時中の床面になかなか到達できません。戦後80年近くが経ち、遺骨を探す難しさを感じます。
 その一方、少人数では時間と労力がかかって困難だと思われる場所も、多くのボランティアが参加することで取り組めます。1日中土砂を運び続けるだけだったり、何も見つからなかったりと、目に見えた成果を感じにくいこともありますが、前回と今回、多くのボランティアが協力して土砂を掘り出し続け、作業が大きく前進しています。うまく言えないですが、改めて、人の力の大きさに気づかされる日々です。
 本日も昨日に続き約25人が参加し、最終日の明日も同じくらいの方が参加くださいます。最後までできることをやり続けます。よろしければ、皆様もご参加ください!


土砂を洞窟の外に出して確認。洞窟では4~5人が作業しています。



別の洞窟では在沖アメリカ兵や軍関係者らが作業



小学生と高校生も参加
「戦争の歴史を現場で知ってほしい」とお父さんが子供たちを誘ったそうです



壕の外で土砂を確認



参加者から「ぜんざい」の差し入れ
本日も蒸し暑く、汗をたくさんかいていたので「一番の差し入れ」との声も
ちなみに、沖縄の「ぜんざい」は温かくありません。かき氷です。




2024年11月2日
 沖縄調査 2日目
 今日は24人が参加しました。県民、名桜大学生、在沖アメリカ兵、県外からの参加者等々、多くが常連さん。皆さん早めに到着され、集合時間の7時50分には準備を済ませスタンバイされていました。開始時点で皆さんの気持ちがそろっているように感じられました。そのためか、即席で作った班にも関わらずチームワークがとても良く、今日も、遺骨や遺留品があると推察される地面に堆積した土砂をひたすら運び出す土木作業でしたが、はかどりました。明日につながります。
 ほとんど遺骨は見つかりませんでしたが、様々な遺留品が見つかった一日でもありました。
 


皆さんそろったので予定時間前に開始


 
ヒューズのキャップ
これを外し投げると、数秒で爆発するものだそう
周辺は激戦地だったので、壕の掃討作戦に使われたものだと推察されます


 
「american U.S.A」と刻まれていました
米陸軍の南京錠。戦中、戦後と使われていたそうです



米軍のM48榴弾の不発弾が洞窟の中から…



参加している自衛隊員やアメリカ兵らも危険だと驚いていました
地元警察に通報し、自衛隊の爆発物処理班が回収しました



アメリカ兵が三線をかなでるなか、お昼休憩
のどかです




2024年11月1日
 沖縄 調査 1日目
 戦時中に日本兵に撃たれたアメリカ兵を探す調査を、本日から糸満市で開始しました。ここで調査するのは8月に続いて2回目。前回調査した壕の続きを掘りはじめてすぐに大腿骨が見つかりました。そしてその周辺からアメリカ軍(?)のものと思われる使用済みの弾も。
 また、別の壕では、現代ごみが混じる土砂が非常に多く堆積し、遺骨や遺留品があると思われる地層がまだ全く見えません。皆さんひたすら掻き出しました。
 平日でそれほど人数が多くないものの、県内外や在沖アメリカ兵ら10人以上が参加。沖縄を避けるように進んだ台風21号ですが、その影響を受けて非常に蒸し暑く、皆さん大汗をかきながら作業しました。


台風21号の影響で、連日断続的に雨が降っていたそうで
未明には大雨が降りましたが、晴れ間が出迎えてくれました。
雨とはほとんど無縁の初日でした。



掘り始めてすぐに見つかった大腿骨



使用済みの弾。米軍のものの可能性もある。



掘っても掘ってもごみが混じった土砂が見つかりました



三線を始めて5ヵ月ほどというアメリカ兵。
歌も上手でした!



重労働の土砂運びが多く、人数が少ないためかなり体力をしましたが
最後皆さんのこの笑顔に救われるスタッフでした。


2024年9月23日
沖縄 遺骨調査のご案内(2024年11月)
 11月に沖縄において遺骨調査を実施します。8月に実施した調査の続きで、「事前調査」を中心に行う予定です。「事前調査」とは「発掘調査」の前の段階の調査で、遺骨がある可能性の場所を探す調査です。今回はアメリカ軍の資料を基に、アメリカ兵が埋められたとされる地域を歩き回って洞窟を探します。もし可能性のある場所を見つけたら掘る予定です。
 尚、事前調査では遺骨が全く見つからないこともあります。事前調査を積み重ねて、遺骨がある可能性が高いと判断されれば本格的に発掘調査を実施しますが、そうでなければ調査対象とはなりません。このような遺骨収容の経緯も知って頂きたいと思います。
 ご参加ご希望の方はお早目にお問合せ下さい。連休のため費用が高い時期です(ご検討中の方もご一報下さい)。航空券や宿泊先につきましては、ご自身で手配いただくか、空援隊にご連絡ください。

<沖縄 遺骨調査(2024年11月)>

 【期間】2024年11月1日(金)-4日(月)
     ※最短参加日数は1日(終日)以上
       ご都合の良い日にご参加下さい。

 【場所】糸満市 ※詳細は参加者にお知らせします。

※①沖縄県外の方と②沖縄在住者とで参加条件等が異なります。

①沖縄県外から参加の方 ※ご入会をお願いします。
 【参加条件】
  ○戦没者への哀悼の意を体現するため、
   滞在期間中次の2つのルールを守れる方
   ・食事を食べ残さないこと
   ・禁酒

 【締め切り】
  (空援隊に手配を依頼される方)10月12日(土)
  (ご自身で手配される方)   10月19日(土)
 
沖縄県在住の方
 【参加条件】
  1日以上、終日参加可能なこと、他。
  ※その他については、お問い合わせ下さい。
 
 【締め切り】2024年10月19日(土)


◎参加方法◎空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
      ※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信して
       います。もし3日経っても連絡がない場合は、お手数ですが
       お電話でお問合わせ下さい。また、迷惑メールフォルダーに
       空援隊からのメールが振り分けられていないかご確認下さい。

◎連絡・問合せ◎
(電話)075-321-4661
(e-mail)office@kuuentai.jp


2024年8月26日
 沖縄 調査 2日目(最終日)
  2日間洞窟を探し、見つけた洞窟の概要調査をしましたが、アメリカ兵の手がかりとなるものは見つかりませんでした。また、遺骨や戦時中の遺留品が見つかった洞窟もあれば、何も見つからない洞窟もありました。その場所はボランティアが一日中掘って下さいましたが「本調査の対象とならない」と判断されました。
 これが遺骨調査の「事前調査」のひとつの実情です。これまで私たちが参加者を募ってきた調査では、遺骨が見つかる可能性がある場所を私たちが事前に探し、そこに来ていただいていました。しかし今回は、壕の全体すら分からないところから調査を開始しました。地表が全然見えないくらい堆積していたごみを2日間かけて出した場所もありました。ちなみにそこから、50袋以上のごみが出ました。しかも、参加者がごみを分別して下さいました。
 今までとは異なる調査に参加者からは「これまではここを掘れば良いという調査だったが、今回は掘る場所を探す調査で、これまでは全然異なる」という感想も聞かれました。
 遺骨情報を得て、その後その場所を訪れて、情報の真偽や調査対象となるかを確認する「事前調査」を繰り返すことで、ようやく発掘調査に至ります。遺骨や遺留品が見つかるという目に見える成果がないことが多いですが、「発掘」の遺骨収容の前にそのような調査があることを知って頂く回となりました。1日中掘って、そこが調査対象とならなかった等、一見無駄かと思われることもあるかもしれませんが、「ここは調査不要」ということが分かったことは大きな成果です。今後も調査を積み重ねてまいります。よろしければどうぞご参加ください。


木が岩を取り囲み、その下がくぼんでいた。
全体を確認したかったが根や岩があり、更に土砂が流れ込み、
全部を手掘りすることは非常に難しかった。
一部を試掘したが、ほぼ何も見つからなかったため調査終了とした。



陸軍の軍用湯飲み



多くの人が参加下さったことで事前調査がかなりはかどりました。
これまで事前調査は数人で行っていましたが
今回の場所はその人数ではとてもできませんでした。
参加者皆様に感謝申し上げます。


2024年8月24日
 沖縄 調査 初日
  沖縄で今日と明日、アメリカ兵が埋められた可能性のある洞窟探しをしています。
 場所は糸満市の一角。その場所が分かったのはアメリカ軍の資料です。その資料には、「頭を撃たれたアメリカ兵を洞窟に埋めた」と記載されていました。地域は絞り込まれているものの、200m四方のとても広い場所。草木が生い茂っていて、足元も見えずらく、その場所で約80年前の洞窟を探すのは非常に大変です。しかも本当に洞窟があるのか、遺骨や遺留品が見つかるのかは分かりません。これは遺骨収容の中で、私たちが「事前調査」と呼んでいる調査です。「本調査」が、遺骨がある可能性が高い場所で、発掘を中心に行う作業を指しますが、「事前調査」は、遺骨があると思われる場所を探す調査です。
 今回は「事前調査」のため、遺骨が見つからない可能性があるかもしれないと事前に参加者に伝えていましたが、30人近くのボランティアが参加くださいました。野山を歩き回り見つけた洞窟で、遺骨や遺留品があるのか、本調査に値する場所か、まずは詳細に洞窟を確認しています。
 既に遺骨収容が行われた痕跡のある洞窟や、堆積したごみを出さないと調査できない洞窟もあって、今までとは異なる調査です。時折雨が強く降り、雷も聞こえる中、県外からの参加者も含めて、皆さん協力しながら活動を進めています。明日も調査してみて、本調査をするかどうか、判断する予定です。


調査の前にまず、投げ捨てられたごみを出しました。高校生も活躍。



ごみの分別もしています。まだ洞窟内にはごみがあります。



洞窟と思われる場所をチェックしていきます。



洞窟の詳細確認



ボランティアの自衛隊員、アメリカ人、高校生、
会員さんらが協力し合っていました



遺骨が少し見つかりました



会員のお母さんからぜんざいの差し入れ。
非常に蒸し暑く汗をたくさんかいていて、水分と糖分の補給ができました。
おいしかった!





2024年07月28日
沖縄・2024年8月 戦没者遺骨調査 参加者募集
 以下の日程で、沖縄において戦没者遺骨調査を実施致します。ご参加ご希望の方は、お早目にお問い合わせ下さい(夏休み期間中で航空券・宿泊代が高くなっています)。
 尚、今回は「発掘調査」ではなく、遺骨がある可能性のある場所を探す「事前調査」です。
 「事前調査」は、「発掘調査」の前の段階の調査で、どこに遺骨があるか分からない状況で、遺骨がある可能性のある場所を探します。
 予定している作業は、草むらを歩き回り、もし洞窟が見つかったら掘るかもしれません。
 尚、事前調査では、遺骨が全く見つからないこともあります。事前調査を何回も積み重ねて、発掘調査に至る遺骨収容の過程も知って頂きたいと思います。

 【日程】2024年8月24日(土)と25日(日)
 【時間】基本8-17時
 【場所】糸満市 ※詳細は参加者にお知らせします

※①県外参加者と②県内参加者で参加条件等が異なります。

①沖縄県外から参加の方 ※ご入会頂きます
 【参加条件】
  戦没者への哀悼の意を体現するため、滞在期間中、
  次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒

  参加日程はご都合の良い日にご参加ください。
  ただし1日以上、終日ご参加ください。

 【締め切り】
  2024年8月10日(土)

沖縄県在住の方
 【参加条件】
  1日以上、終日参加可能なこと
   ※その他はお問い合わせ下さい。
 【締め切り】2024年8月17日(土)

①②共通
 【服装・持物】長袖、長ズボン、軍手、タオル、帽子
        長靴等濡れても良い靴
 【その他】昼食(弁当)・飲料を用意します。
 【参加方法】空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
       ※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信して
        います。もし3日経っても連絡がない場合は、お手数ですが
        お電話でお問合わせ下さい。また。迷惑メールフォルダーに         空援隊メールが振り分けられていないかご確認下さい。
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp



2024年7月22日
YouTubeに映像を掲載しました

『これからもできることから始めるー空援隊レポート サイパン2024ー』

 コロナ禍で中断していたサイパン慰霊祭を5年ぶりに執り行いました。
今回は、神道・仏教と共にキリスト教が初めて加わりました。キリスト教が一緒の慰霊祭はサイパンで初めてだと言われています。そして、参列した国会議員らと共に遺骨調査にも行きました。多くの遺骨が見つかったものの、許可がなく収容できず・・・。サイパンでの活動記録です。

(2024年7月)

空援隊YouTubeチャンネルより)

※宜しければ、再生後、画面下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい


2024年7月10日
 今回のサイパン慰霊祭・遺骨調査について
  コロナ禍をはさみ、慰霊祭は5年ぶりでした。キリスト教司教が初めて加わり、神道、仏教、キリスト教が一緒に慰霊祭を執り行いました。キリスト教も一緒の合同慰霊祭は、サイパンで聞いたことがないと言われています。コロナ禍で長い間サイパンに行けませんでしたが、北マリアナ諸島自治連邦区の知事、副知事、サイパン市長らが参列くださり、以前と変わらず、サイパン行政府の長らや住民が、小さな日本のNPOである私たちに理解を示して下さっています。
 そして、今回は、国会議員3人が参列下さり、また、遺骨調査にも参加頂きました。日本政府とは全く別に、独自で遺骨収容をする民間団体がサイパンで直面する問題を、遺骨を前に、議員の方々に少し共有させて頂けたかと思いました。
 目の前に遺骨があっても収容できず、そのうえ収容の見通しが立たないと、もやもやとして、やりきれない思いを抱えながら、日本に帰ることになります。そのような状況でも、慰霊祭を営み、議員の方々に現状をご覧いただき、今できることを今回もやりました。サイパン戦から80年目の今年、私たちはこの島において、まだやるべきことがあることに気づかされた今回の活動でした。
 最後になりますが、今回は円安ドル高が大きく影響し、5年前よりも物価が1.5倍以上でした。そんな中、宗教者や、国会議員、そして会員の方々がサイパンまで足を運んでくださったことに感謝申し上げます。サイパンだけでなく空援隊全ての調査に当てはまることですが、参加される皆さんは、宗教者の方も含めて全員自費です。多くの皆様の協力と共に活動を継続させて頂けていることを改めて実感しました。皆様もよろしければ、一緒にご参加ください。

2024年7月7日
 サイパン慰霊祭 3日目
  昭和19年7月7日の午前3時、サイパンにおいて日本軍の総攻撃(いわゆるバンザイ突撃)が行われました。一晩で日本兵 4,300 人以上 、 アメリカ兵 400 人以上が戦死したと言われています。空援隊は、その場所から、2011年と2012年に集団埋葬地を見つけ、約800体の遺骨を収容しました。最後のバンザイ突撃が行われた80年後のちょうど同じ日、同じ場所において第5回目となる、慰霊祭を執り行いました。
 今回は、神道と仏教だけでなく、地元のキリスト教も加わる合同慰霊祭。北マリアナ諸島自治連邦区の知事、副知事、サイパン市長、在サイパン領事事務所長や地元の方々、日本からは国際宗教同志会会長、衆院議員3人、会員らが参列しました。「キリスト教も一緒に戦没者を追悼するのはとても意義がある」という声が聞かれました。
 慰霊祭の後、協力者の案内で遺骨が見つかっている洞窟を訪れました。石をどけると奥から頭蓋骨を含めて次々と遺骨が見つかりました。警察も同行し、現在事件性がないか確認中です。そのため、遺骨はそのまま置いておきました。戦時中の遺留品が見つかっているため、戦没者の遺骨だと判断されると思われます。
 ただし、事件性がないと判断されたからといって、その後、すぐに収容されるかといえばそうではありません。収容するのは警察の仕事ではありません。
 その後の収容手続きは、地元の担当役所(HPO)に通報することですが、彼らは遺骨を収容しないのが通例です。日本では厚労省が担当部署ですが、こちらも同様にすぐ収容しないのが通例です。国会議員から「収容できないなら、今日のこの活動は「遺骨収集」ではなく、何と言うのですかね」と質問を受け、一瞬言葉に窮しました(ただの、調査です)。
 遺骨は収容できませんでしたが、国会議員の皆さんにサイパンでの遺骨収容の現実をご覧いただき、「なんとかします」という前向きな声が聞かれました。これまでサイパンでは遺骨を見つけても、「どうしようもない」で終わっていたので、この状況を打開できる可能性が少し見えたことが今回の成果です。


雨期ですが、全く雨の心配がない日でした


Ryan P. Jimenez司教
昨日私たちがお会いした直後に
ローマ法王から、グアム大司教区を統括する大司教に任命されました。


聖歌隊も参列


全5回の慰霊祭を営んで下さっている村山博雅僧侶
(洞雲寺 住職、世界仏教徒青年連盟 会長)


英語で祭詞をあげられた三宅善信神職
(金光教春日丘教会長、国際宗教同志会事務局長


Arnold Palacios知事


David M. Apatang副知事


奥下剛光衆院議員



慰霊祭後、休む間もなく調査へ。
左藤一義氏(大谷学園学園長、国際宗教同志会会長)が
遺骨の前でお経をあげて下さった




2024年7月6日
 サイパン慰霊祭 2日目
 今年の慰霊祭は、サイパン初と言われている、神道、仏教、そしてキリスト教合同で執り行われます。慰霊祭を翌日に控え、Ryan P. Jimenez司教と三宅善信さん(金光教春日丘教会長、国際宗教同志会事務局長)、村山博雅さん(洞雲寺 住職、世界仏教徒青年連盟 会長)、髙栁龍哉さん(勝平寺 副住職、世界仏教徒青年連盟 事務局次長)が、打ち合わせをしました。大聖堂の各入口には、教会が作った慰霊祭のチラシが貼られていて、司教の慰霊祭に対する思いを感じました。
 その後は、戦跡や、かつて我々が掘った集団埋葬地等を訪れました。
 協力者にも会い、遺骨や遺留品が各地にまだたくさんあること、遺骨情報を地元の担当役所に通報しても、そのまま置いておけと言われること。しかし、役所は遺骨を収容せず、遺骨が風化したり散在したりしても何もできず、心を痛めていること、調査をするなら許可をとれと言われるものの、許可が出ないことも多く、とてももどかしい思いをしているということ等々、遺骨収容の現状を、国会議員に話してくださいました。サイパン戦終了から、今年は80年。今も、2万6千人以上の戦没者が残されていると言われています。明日、慰霊祭を執り行います。


マウントカーメル大聖堂で慰霊祭の最終打合せ


左2番目から髙栁僧侶、村山僧侶、三宅神職




慰霊祭に出席くださるシスターと会員さん


教会作成の慰霊祭のチラシ
空援隊も作成しましたが、それとは別に作って下さっていました


追い詰められた日本人が身を投げたスーサイドクリフやバンザイクリフも訪問


バンザイクリフ


洞窟の中にいた日本人がアメリカ兵によって生き埋めにされた
シールドケーブ。開けるには大がかりな調査が必要で実現できない。


地元の人とのざっくばらんな交流会。ゆったりとした時間のなかで
協力者がサイパンの遺骨収容の現状を話して下さった




2024年7月5日
 サイパン慰霊祭 初日
  新型コロナウィルス蔓延の影響で2020年から中断していたサイパン慰霊祭(空援隊主催)を7月7日に執り行うことになり、サイパンを訪問しています。
 今日はその初日。
 北マリアナ諸島自治連邦区の知事、副知事、サイパン市長、アメリカ下院議員と、慰霊祭に参列する、3人の衆議院議員、奥下剛光さん、髙橋英明さん、中司宏さん、金光教春日丘教会長、国際宗教同志会事務局長の三宅善信さんや会員さんが面会しました。
 昨日、解放記念日のパレードが行われ、島中が大賑わいだったため、今日は平日ながら官公庁や学校はお休み。でしたが、我々のために各事務所を開けて下さり、歓迎くださいました。長年我々が、知事、副知事、サイパン市長、アメリカ下院議員と交流を続けてきたが故の対応で、初日から、島の政府要人4人との面会がかなったことに、議員さんたちは驚きを隠していませんでした。知事、副知事、サイパン市長は慰霊祭にも参列下さる予定です。明日も色々と回ります。


まずは、北マリアナ諸島自治連邦区知事と副知事と面会。
参加者全員のネームプレート(日本語と英語表記)が用意されていました。


左から髙橋議員、中司議員、奥下議員


Arnold Palacios知事(左)とDavid M. Apatang副知事(右)に
大阪の奥下議員らが来年開催の大阪万博をアピール



サイパンのTV局の取材を受ける三宅善信さん(金光教春日丘教会長)


次に、Ramon Blas Camachoサイパン市長と面会



Gregorio Kilili Camacho Sablanアメリカ下院議員とも面会


サイパンとアメリカ本土を行き来される議員とは
面会がかなわないことが多いですが、この日はいらっしゃいました。
この翌日、アメリカに行かれるとのこと。


今回の日本側の最年少参加者の中学2年生とKilili議員


アメリカンメモリアルでサイパン戦について説明


2024年6月22日
YouTubeに映像を掲載しました

『空援隊ニュース「沖縄 旧海軍司令部壕慰霊祭 2024年」』

沖縄県の旧海軍司令部壕で2024年6月に営まれた慰霊祭の映像です。
壕を管理する沖縄観光コンベンションビューローの会長は、空援隊がこの壕の未公開箇所で実施してきた遺骨収容について触れました。また遺骨収容に参加されたご遺族も参列されました。

(2024年6月)

空援隊YouTubeチャンネルより)

※宜しければ、再生後、画面下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2024年6月22日
 通常総会、年度報告会 開催
 東京で通常総会と年度報告会を開催しました。
 昨年度は、糸満市の陸軍病院壕跡と、沖縄県の旧海軍司令部壕の未公開箇所をあわせて4回調査しました。両壕とも大規模壕で、それを大勢のボランティアが参加し、完掘しました。参加者の中には沖縄駐留のアメリカ兵や有志の自衛隊員、国会議員、宗教者、学生、一般市民等々、様々な方々がいらっしゃいました。「遺骨収容の現場で、国籍・職業関係なく、一緒に汗を流す光景はまさに「平和の象徴」だと思った」と倉田専務理事が話しました。そして、一昨年度から沖縄で本格的に発掘調査を開始し「この2つの大規模壕を完掘したことによって、沖縄での活動が機能するようになったことが成果である」ともお話ししました。


都知事選真っただ中で、時折遠くから選挙カーの声が聞こえることも。

年度報告会開催のお知らせ(東京・6月)
 東京において年度報告会を開催します。
 昨年度沖縄において4回遺骨発掘収容を実施し、2つの大規模壕を完掘しました。沖縄での調査や、今後の活動について、等お話しする予定です。ご参加ご希望の方は6月20日(木)までにご連絡下さい。

 ◎日時:2024年6月22日(土)午後1時30分
     ※午後1時30分からの社員総会に続き、年度報告会を開催します。
      この時間にお集まりください。
 ◎場所:銀座区民館(東京都中央区銀座4丁目13番17号)
     ・東京メトロ 日比谷線「東銀座」駅5番出口 徒歩2分
     ・都営地下鉄 浅草線 「東銀座」駅3番出口 徒歩3分
     ・東京メトロ 銀座線 「銀 座」駅A7出口 徒歩10分
 ◎連絡先(メール)office@kuuentai.jp
     (FAX)075-321-4607
     (電 話)075-321-4661



2024年5月30日
サイパン慰霊祭ツアーのご案内(2024年7月)
 新型コロナウィルスの世界的流行のため2020年から中断していたサイパン慰霊祭(今回は神仏基日米合同慰霊祭)を、以下の日程で執り行います。
 2016年より国際宗教同志会の後援で実施してきた本慰霊祭は、日本人戦没者だけでなく、サイパン戦で亡くなった全ての犠牲者を、宗教宗派問わず追悼してきました。第5回目の今回は、サイパンのキリスト教司祭も加わり、サイパンでほとんど例がないと言われる、神道、仏教、キリスト教の合同慰霊祭となります。今年はサイパン戦終結から80年目の節目にあたり、参列頂きたいと存じます。
 ご参加ご希望の方は、できるだけお早めにお問い合わせ下さい。

<サイパン慰霊祭ツアー>

 【期間】2024年7月4日(木)-8日(月)
 【予定】慰霊祭を7月7日(日)に執り行います。
     それ以外は表敬訪問等を予定しています。
 【費用】1人 15万円以上
 【参加条件】
  ○会員になって頂くことが前提です。
  ○戦没者への哀悼の意を体現するため、
   滞在期間中次の2つのルールを守れる方
   ・食事を食べ残さないこと
   ・禁酒
 【締め切り】2024年6月15日(土)
       ※締め切り前でも飛行機が満席になった時点で締め切ります。  【問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp

2024年3月14日
 沖縄 旧海軍司令部壕の遺骨収容に対して感謝状を頂きました
 沖縄県の旧海軍司令部壕の未公開箇所において、2022年10月から本年1月まで戦没者遺骨収容を実施しました。その活動に対して、同壕を管理する沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)の下地芳郎会長から感謝状を頂きました。
 感謝状には、丁寧にかつ安全に事故なく無事終了できたこと、ご遺族に遺留品が返ったこと、遺骨が収容されたこと等の謝意が書かれていました。


倉田専務理事(左)とOCVBの下地芳郎会長(右)


TV局や新聞社の取材を受けました。リンクをメディアに掲載しました。

2024年3月8日
YouTubeに映像を掲載しました

『多数のボランティアと組織的調査で大規模壕完掘
-沖縄 戦没者遺骨収容 旧海軍司令部壕-』

沖縄県の旧海軍司令部壕で実施してきた戦没者遺骨収容。大量の土砂から多くの遺骨や名前入りの遺留品が見つかり、遺留品は遺族に帰りました。1年あまりの記録です。

(2024年1月)

空援隊YouTubeチャンネルより)

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2024年1月28日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 現場活動最終日
 2022年10月から全5回行ってきた旧海軍司令部壕 未公開箇所の戦没者遺骨発掘収容。150mあるこの場所を、本日完掘しました。1年3か月前の調査時には這ってしか通れないほど大量の土砂が詰まっていた場所も多かった通路を、全て立って歩けるようになりました。(初日の段階では、正直今回で完掘できると思えないくらい大量の土砂が残っていました)
 参加者は毎回、県在住者だけでなく、県外からも集まりました。年代は小学生から80歳を超えた方、職業はばらばら。日本人だけでなく在沖アメリカ軍兵士や軍関係者のアメリカ人らも参加して、「この場所に戦没者の遺骨がないこと」を全員で確認しました。
 ボランティア合計はのべ約1730人。
 発掘日数は合計45日間でした。

 皆さんと一緒に活動させて頂けたことに感謝します。そして、現場にお越し頂けなくても、活動を支えて下さっている方、声援を送って下さっている皆さんにも感謝申し上げます。



2日前の通路
天井近くまで土砂があり奥が見えませんでしたが


2日間で完掘
14mを掘り切り、奥まで立って歩けるようになりました。


今日も「掘り隊」が通路を掘り進み、土砂を外に運び
「ふるい隊」が確認する、という分業体制で一気に作業が進みました


土砂が少なくなるに従い「ふるい隊」も減って、片付け開始


午前中にほぼ掘りきり、道具を掃除


旧海軍司令部壕 未公開箇所発掘収容の最後の集合写真
確認した土砂の土嚢で造った「那覇市の新豊見城(通称「上杉城」)」前にて
(空援隊命名)

2024年1月27日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 8日目
 今日は56人が参加下さりました。半数近くの21人が在沖アメリカ兵や軍関係者というまさに日米合同の調査で、残り14mの通路に全員でとりかかりました。
 今日も分担作業です。

 土砂を掻き出す→そりに乗せる→外に運ぶ→ふるう→確認した土砂を捨てる

 これを1日中繰り返しました。1.3m以上土砂が積もっている場所もあり、何十回と往復しても終りのない大量の土砂に「そり部隊」の中には、息を切らしながら「too much!」との声がもれるアメリカ兵も。「ふるい部隊」は大量の土砂を次々と確認しなければならず、効率の良い段取りを考えてチーム一体となってふるっていました。また「ふるい部隊」の調子があがると、「掘り部隊」がそれに合わせてペースをあげて掘り続けます。こちらは蒸し暑い中での作業。今日初めてここで顔を合わせた人たちが一丸となり、各部隊連携することで、みるみる土砂が減っていきました。
 明日で掘り切ります。


土砂を掘って、そりに乗せる(「掘り部隊」)


運搬(「そり部隊」)


そり隊から土砂を受け取り、ふるい隊に配り、確認済みの土砂を別の場所に運ぶ
ふるいを止めないためにスムーズに行っていました。


ひたすらふるい続ける



2024年1月26日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 7日目
 今日もほとんどの参加者が常連さんでした。作業内容や目的を熟知されている方ばかりなので、より効率良くより早く作業を進める方法を皆さんが考えて下さっています。それをご覧になった沖縄県の職員さんから思わず(?)「システマティックに作業されていますね」との声が。県の職員さん4人も作業に加わって下さり、昨日よりも人数が増えたことで、より一層作業が進み、残すはこの通路となりました。明日と明後日で未公開箇所の完掘を目指します。




「ふるい」部隊


土砂を確認すると同時に出る「廃土(=確認した土)」を
すぐに移動させることも効率良く作業を進めるために大事な作業。


置き場所が限られているため
作業場から離れた場所に休みなく運び続けました。



2024年1月25日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 6日目
 北風がおさまり、今日は外でふるうことができました。ここでふるうためには、中から土砂を運ぶ必要があります。既に確認した「廃土」と呼んでいる土砂を含め、土嚢約400個以上を運びました。土嚢は壕の奥にあるため、そりを活用し、バケツリレー方式で、13人で運びました。日頃運動していないという参加者からは「腰が悲鳴を上げています」との声も。
 外でのふるいと同時に、新たな通路にとりかかりました。地面から1.5-1.7m(推定)の土砂が積もっている通路を、荒川恒光さん、息子の剛至さん、そして恒光さんのお孫さんの熊石祐人さんが掘り始めました。恒光さんの父親の荒川一登さんは、海軍の通信兵で、この壕で戦死されました。太田實少将の「沖縄県民斯く戦ヘリ」を本土に電文したのが父だろうと恒光さんは話します。
 大量の土砂を減らさないと遺骨や遺留品が出る(と思われる)層に到達しないため、まずは上の土砂をかいて運びました。運んでも運んでも一向に減らない量の土砂でしたが、3人とも休憩もとらずに運び続けていました。


雪の降らない沖縄で、多くのそりが活躍しています。


廃土(確認済みの土砂)の入った土嚢を放り投げるアメリカ空軍兵


新たな通路にとりかかりました


作業の前に、2mごとにリボンをつけます。
リボンは遺骨や遺留品がどこから出たのかを記録するために必要です。


3世代のご遺族が新しい通路の発掘を開始しました。
場所はB4通路0m地点


奥からも土砂をかき始めました。

2024年1月24日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 5日目
 今日は土嚢330個分の土砂をふるいました。活動初日と翌日で、壕内の通路にあった土砂を土嚢に詰め、随時外に運び、ふるいました。しかし土砂の量があまりにも多く、ふるい作業が間に合わないため、土嚢を壕内に積み上げ、それらを運んでは、ふるうという作業を続けた3日目の今日。2m以上積み上げていた土嚢が↓




↑このように!

 ここに残っている土嚢は、100個ほどになり、明日の午前中で終わる予定です。
 確認を続けた3日間は、ほとんど遺骨も遺留品も見つかりませんでした。「戦没者が放置されていなくてよかった」とスタッフは思う一方、何百個も土嚢を運び、ふるい続ける作業は、普段から体を動かしている方でもかなり体力を消耗します。そのうえ遺骨も遺留品もほとんど見つからないと更に疲労感が増しますが、「疲れました」とおっしゃりながら作業時間ぎりぎりまでふるい続けて下さいました。皆さんのおかげで今回のメインとなる通路に進める見通しがたちました。明日からも続けます。


昨日かなり寒かったため「対策してきました」
と皆さん仰るくらい今日も寒かった!
今日も狭い場所を共有しながら作業しました。



2024年1月23日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 4日目
 北風が強く吹き、雨も降ったため、一日中壕内でふるい作業をしました。
 その合間には、全員で土嚢運び。いつもならハードなこの作業も今日は、「風で冷えた体を温めるのに丁度良いです」という声も聞かれる程、壕内でも風が吹き抜ける寒い中での作業でした。まだ土嚢がたくさん残っています。明日も確認作業を続けます。




2024年1月22日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 3日目
 今日は土砂をふるう作業に全員でとりかかりました。昨日までに土嚢袋に詰めた土砂を壕から運び出し、遺骨や遺留品がないかを確認します。平日の今日は参加者が10人程でしたが、沖縄で行われている遺骨収容では十分多い人数です。常連の参加者が多く、順調に作業が進みました。その中には今回が3回目の塩村あやか参院議員も東京から参加。空援隊は国会議員でもどたなたでもやって頂くことは誰でも一緒です。大量の土嚢をそりで運ぶ作業にも加わって頂きました。まだ大量の土嚢が壕内に残っています。明日も続けます。


46人参加した昨日と比べると少ないですが
通常の沖縄の遺骨収容では十分な数です。


確認する土砂が入った土嚢。これを外で確認するために運び出します。
120個ほど運びました。ちなみにここ以外の場所にもまだ土嚢はあります。


そりを使ってのバケツリレーで土嚢を運びます。
塩村あやか参院議員


常連の参加者が手際よく作業を進めました。


塩村議員の誘いで沖縄県議の喜友名智子議員も急遽参加(前列右)。
明日から参加されるご遺族の荒川恒光さんと剛至さんもお越しになりました。

2024年1月21日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 2日目
 今日は46人のボランティアが参加下さいました。初回から参加している地元の大学生らの常連グループ、そして全体の半数近くは、在沖アメリカ兵や退役軍人等の軍関係者らでした。昨日と今日の参加者がのべ約80人。今日までに予定していた通路を、壕構築時の地面まで堀りきりました。調査前は土砂が堆積し、這うか、かがむかでしか通れなかった通路を、全て立って歩けるようになりました。それができたのも、多くの参加者があってこそです。年齢も国籍も職業もばらばらの方々が、戦没者を故郷にお迎えするためにだけに集まっているのが私達の活動です。「これだけのボランティアが集まる遺骨収容は空援隊以外にないです。空援隊にしかできないです。」という声もお聞きしました。皆さんがいるからこそ活動が進むことを改めて実感しています。明日から土砂の精査に取り掛かります。


午前中は時折雨が降り、通路でふるいました


有志の自衛隊員と在沖アメリカ兵


上記の場所から、遺骨が見つかりました。
銀歯が残った顎の骨も。


「空援隊恒例の朝一土嚢運び」と言われる土嚢運びは本日は午後に。
「今日は土嚢運びはないと喜んだのに…」と
(落胆の)声も聞かれるほど体力を消耗します。


屈強な若いアメリカ兵たちの力が随所で発揮され一層活動が進みました。



2024年1月20日
 沖縄・第5回旧海軍司令部調査 初日
 沖縄県の旧海軍壕司令部壕において、戦没者遺骨発掘・収容調査を開始しました。全長約150mの未公開箇所の調査は今回で5回目。当初、天井の高さ約1.8m~2m近くまで土砂で埋まっていて、大量の土砂の確認に時間を要しています。今日は約30人が参加下さり、土砂を土のうに詰めて外に運びました。明日から、土砂の確認作業を開始します。


板張りの床の一部が見つかりました。


とっくり等様々な遺留品も見つかっています


真空管


この倍以上の土嚢を運び出しました(壕内にも更にあります・・・)。
明日からそれを全て確認します。



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